電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第4回

ベンチャーを起こす男には3人の女の敵がいる!!


~ソニーもパナソニックも始まりは名もない企業~

2012/7/20

「独立心旺盛な起業家には3人の女の敵がいるのだ。ベンチャーを起こして戦おうと思っても、この3人の女たちに引きずられて、その夢を果たせないことも実は多いのだ」

 これは、社団法人日本半導体ベンチャー協会(JASVA)の前会長であった飯塚哲哉氏(ザインエレクトロニクス社長)の言葉、ではある。飯塚氏は、かつて東芝の半導体技術部門のトップという要職にありながら、ファブレス半導体ベンチャーを起こし、ひとつの歴史を作った人物として知られる。ちなみに、現在のJASVAの会長は筆者である。自分はメーカーではなくメディアだからいやだ、と会長職を固辞したのであるが、理事の皆様がそんなことはどうでもよいとのたまって、無理やりに会長にさせられてしまったのが実情だ。

 それはさておき、飯塚氏の言わんとするところは、次のような意味なのだ。ある大手電機メーカーS社に勤める中堅の部長が満を持してベンチャーを起こそうとする。その報を聞いて、近く結婚を控えた娘さんが父親である部長に怒鳴り込んでくる。

「私は有名な電機メーカーの部長の娘として、晴れの結婚式に望むのよ。わけのわからないベンチャー企業の娘として嫁にいくのは屈辱よ。お父さん、お願いだから会社を辞めないでちょうだい」

 愛する娘にこのようなことを言われたら、やってやるぞという気概もしぼんできてしまうだろう。さらに追い討ちをかけるように、かの部長の女房が寝化粧をしながら恨めしそうに次のような言葉をつぶやく。

「私は安定して成長株の大手電機メーカーに勤めるエリートと結婚したのです。幸いにして部長にまで上りつめてくれたわ。でも、あなたのしようとしていることは、わけのわからない中小企業のオヤジじゃない」

 長年連れ添った恋女房にこんなことを言われて、悲しまない男はいないだろう。何としてもこの半導体技術で世界と勝負したい、と考えている男の胸にざあざあと雨が降るだろう。そしてまた、3番目の強烈パンチが、実家を訪ねた男の顔にとんでくる。少し年老いた男の母親は、これまたすさまじい勢いでまくし立てるのだ。

「爪をともすように節約をして、3度の食事も切り詰めながら、塾に通わせたのは何のため。東大を出て、有名会社に入って、出世もしてこれからの親孝行を期待していたのに、これは裏切りだわ」

 ああ、まことに気鋭のベンチャーを起こそうとする男たちには、3人の女の敵がいるのだ。これを克服しない限り、世界に羽ばたくベンチャー企業を起こすことはおぼつかない。

 それにしても、くだんの女性たちのブランド志向、有名志向には困ったものだ。だいたいが今をときめくソニーも、京セラも、東京エレクトロンもみな昔はベンチャーだったのだ。戦後すぐに、東京御殿山で数人の町工場から出発したソニーのことを、旧社名の東京通信工業と呼ぶ記者はもはや筆者の世代だけかもしれない。東通工がさ、と若い記者に呼びかけたら、その会社知りませんといわれ、激しく動揺したことがある。半導体製造装置大手の東京エレクトロンが、放送会社のTBSが起こしたベンチャーだということを知らない人も増えてきた。稲盛和夫氏が起こした京セラが、いかにちゃっちい会社であったことを覚えている人もあまりいなくなった。

仙台のレトロな横丁にあった
昭和27年のナショナルのポスター
 先ごろ仙台市内のレトロな横丁を歩いていたら、昭和27年5月のパナソニックのポスターが眼に飛び込んできた。「ナショナル電球3000万個達成記念セール」と書いてあったが、パナソニックはもともとが二股ソケットや電球で名を成したベンチャー企業であったことも忘れられている。それゆえに、世界に冠たるエレクトロニクス大手のパナソニックが史上最大の赤字、7800億円を出したことで大騒ぎになる。しかしながら、創業者の松下幸之助さんが戦前に起こした会社は、すでに大手であった東芝、日立、三菱電機から見れば、名もないベンチャー企業の一社としか映らなかったのだ。どんな企業も始めから有名であったわけではない。努力し、精進して有名になっていったのだ。ここは、ひとつ、世の女性たちにこのことを理解していただきたい。

 さて、2010年に設立されたJASVAのメンバーは、ここにきて大きく後退しており、会員数は122にとどまっている。新進気鋭の半導体ベンチャーがあまり出てこないのが実情だ。海外においては、ファブレスを中心とする半導体ベンチャーカルチャーが一気に台頭している。ああ、それなのに、わが国においてはなかなかベンチャーが増えてこない。げに恐ろしきは女の存念、とはこのことか。女性たちを味方につけなければ、ニッポン半導体ベンチャーの明日はないのだ。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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