2012年の半導体・オブ・ザ・イヤー(主催:半導体産業新聞)では初めて日本メーカーの受賞がひとつもなかった。(グランプリを受賞したのは米国のQualcomm社)
何事にもまじめで誠実一直線という人は、基本的には新聞記者に向いていない。筆者もまた、あるところで不誠実であることを否定できない。なにしろ、大手のA社に行ってそこの重役がライバルのB社をボロクソに言ったとする。筆者は直ちに「そのとおりでござんす。B社の製品はとてもユーザーに受けるとは思えませんぜ」と相槌を打つ。その舌の根も乾かないうちに、今度はB社に行って、そこの部長からライバルであるA社の誹謗中傷を聞かされる。もちろん筆者は直ちに、「まったくA社の作るものはクズばかりですね、モノづくりの良心がないというか、その人間性すら疑いたくなります」とまくし立てるのだ。このような輩に誠意などあるはずがない。おだてようと、スカそうと、笑わせようと、泣かせようと、要はネタさえ取れればよいと考えている人間性のない人たちなのだ。
こうした自己批判をした上で、昨今のニュースを見ていると、腹の立つことが多い。苦境に陥った日の丸半導体の代表格ともいうべきルネサス エレクトロニクスの最後の戦いに対し、なんとマスコミの冷たいことか。なにしろ、10工場を売却・閉鎖し、1万4000人を削減するという計画であり、そのすさまじさは日本の半導体業界始まって以来のことだ。世界シェア3割を持つマイコンの専業会社に生まれ変わるための苦しみではあるが、冷たいメディアは、それでも生き残れないかもしれないね、と言い放つ。
「マイコンなどは標準化が進んでおり、今じゃ誰でも作れる。ルネサスが得意とする自動車マイコンもいずれは外国勢にドンドン取られてしまうさ」。こう言い切る記者も多くいるのだ。もちろん、わが愛する半導体産業新聞の記者にそのような不心得ものは一人もいない。
こうしたルネサスの有様を冷たく批判するメディアは、20年余り前のニッポン半導体の全盛期にはなんと言っていたか。年齢給、終身雇用を柱とする平等思想で世界のトップに立ったニッポン、と礼賛していたのだ。日本人の持つ団結力は、諸外国に比べ実に強く、人をむやみに切らないヒューマニズムはお宝であり、これがニッポンのモノづくりを支えるとまで言っていたのだ。しかして、今日に至り、リストラしないメーカーはバカ呼ばわりし、弱い事業部門を売却しない企業は頭が狂っている、とまで言いつのる。さよう、まことに新聞記者は一貫した思想もなく、流れに任せて雑魚のように歌い、踊るのだ。
だいたいが日本のメディアが絶賛するアメリカや中国など大国のやり方を、筆者はそれほどまでに評価していない。むかついてくるのが、ニューヨークやパリやマドリードや上海、モスクワで頻発している若者たちのデモ、ストライキ、集会の報道だ。かの若者たちはなんと主張しているのか。「金持ち優遇の政治はやめろ」「貧富の差のない平等社会の実現を果たせ」「若者たちにもっと就職のチャンスをくれ」。何しろかの地において、EUの若者たちは2人に1人が就職できないという悲惨さであり、こうした叫びは当然のことではあろう。しかしながら筆者が気になるのは、もっと平等社会の実現を、というくだりなのだ。貧富の差があまりない空前の平等社会を実現したニッポンのことを、メディアはなんと言っていたのか。ガラパゴス化したニッポンと揶揄し、外国のようにもっと能力給、成果給を導入し、徹底的に給料に差をつけろと言っていたのではないか。
アメリカンドリームをあくまでも追求するというなら、もっともっと膨大な金持ちを増やし、さらに多くの貧困層を作っていくというのが正しい理想ではないのか。それがアメリカの夢ではないのか。それが何故に平等社会の実現を叫ぶのか。世界に冠たる平等社会の実現は、わが国ニッポンが世界に最先行してやったことなのだ。何をいまさら、という思いで、にがにがしくテレビのニュースを見ている筆者は、やはりメディアの論調は信用できないところがあるなと、つぶやいている。
さて、今日ではあまり言われないことではあるが、ニッポン半導体のかつての勝利の図式は、DRAM、SRAMというメモリーで世界最先端のプロセスを築き、その同じラインをマイコンに回し、さらに第3ステップとしてASICに持っていったことにある。いわば、3段とびの離れ業であり、1粒で3度おいしい、というグリコのような手法であった。ところが、エルピーダ破綻という状況を迎え、DRAMを失った日本ではこの離れ業はもはや実現できない。同じプロセスの使い回しができるような、新たなビジネスモデルを構築する必要がある。考えて、考えて、考え抜く日の丸半導体なら必ずや次の半導体勝利の図式を計画するであろうと、筆者は固く信じている。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。