「これはどうしたことだ。世界全体であらゆる部品、素材が価格下落しているというのに、DRAM価格は39カ月ぶりの大幅上昇になっている。信じられない」
テレワークをしながら政府関係者と話していた時に、半導体市況の変化を語ったところ、驚きをもって要人が語った言葉である。さようまことに、半導体メモリーの主力汎用タイプであるDRAMの4月の大口顧客向け価格は、3月に比べて何と11.9%も上昇し、3.25ドル(346円)をつけてしまったのだ。2桁上昇は実に3年ぶりであり、2019年いっぱい厳しかったメモリー不況の終わりを告げることではあった。
なぜにDRAMは一気に上昇したのか。テレワークに使われるノートブックPCはまさに半導体の塊であり、特に大容量のDRAMをいっぱい使う。またオンラインゲーム、オンラインショッピング、リモート教育、リモート医療などにはスマホは小さすぎてダメであり、やはりパソコンが必要になる。テレビ会議システムもまた大画面のパソコンが最適であり、タブレット端末も連動して伸びている。マイクロソフトのTeamsはこの1.5カ月で出荷数が70%も伸びユーザーは7500万人に拡大しているが、これまた半導体メモリー出荷数の伸びに直結してくるのだ。
さて、世界半導体市場は2018年に50兆円まで伸び、これまでの最高を記録したが、2019年はメモリー不況に苦しむ展開で伸び悩み、約10%ダウンの45兆円まで後退してしまった。地域別では、メモリー分野が大部分を占める韓国勢(サムスン、SKハイニックス)の落ち込みが大きかった一方で、ロジック分野が主体の台湾や北米は微減にとどまった。業態別では、やはりファブレスが不況下でも強く、市場規模は6年で約2倍に拡大した。
2020年の世界半導体市場については、メモリー不況も一段落し、ロジックも順調に伸び、5G、次世代自動車、データセンター、IoT生産方式などを追い風に5~10%の範囲で伸びるとの予想が多かった。しかして、世界大恐慌ともいうべき新型コロナウイルスの世界的大流行により、半導体は伸びないとの予想が次々に広がり始める。
調査会社Informa Techの調査部門Omdiaは、正式に2020年の半導体市場をこれまでの5.5%増から2.5%増の約48兆円に下方修正した。モバイル向け半導体はスマホの不調がひどく、2019年の14億5000万台から2020年は13億5000万台まで大幅に減るとの見通しから、4.8%増から2.0%増に引き下げた。期待の車載向け半導体は7.5%減と予想、産業用半導体は2.5%増と分析している。ただ医療向け半導体需要は2.5%増と見ているが、とりわけ人工呼吸器はマイコン、ブラシレスDCモーターコントローラー、タッチスクリーンインターフェース、USB、ワイヤレス接続などの高付加価値製品であるだけに、半導体消費を増加させると判断したのだ。
さて、筆者は現状で世界半導体市場をどう捉えているか。結論としては、2018年実績の50兆円に戻すことは難しいとしても、2019年実績を上回っていき、50兆円に近づく戦いはできると判断している。
2020年半導体の最大の牽引役はデータセンターである。米国のハイパースケーラー4社の設備投資額は2017年414億ドル、2018年661億ドル、2019年700億ドルと推移してきたが、2020年は810億ドルまで一気に拡大するとの見通し(電子デバイス産業新聞調べ)であり、力強いばかりだと思っている。2020年の内訳としては、グーグルの270億ドルが最大であり、マイクロソフトが220億ドルでこれに続き、フェイスブックが180億ドル、アマゾンが140億ドルとなっている。
これに加えて中国の通信大手3社、テンセント、アリババ、バイドゥなどを加えれば、2020年のデータセンター関連投資はワールドワイドで12兆円を軽々と超えてくるだろう。もちろん、NTTなどの日本勢もデータセンター投資を加速してくる。半導体メモリーは逼迫し、価格は上昇機運に乗っている。非常にいい展開が進んでいる、と思えてならない。
確かにスマホの台数は激減するが、5Gで単価が上がってくるだけに、販売金額はあまり変わらない。そしてまた中国は5G搭載機の投入で世界に最先行しており、ファーウェイ、オッポなどのスマホ新製品は実に約70%が5G対応。当然のことながら、アップル、サムスンもこれを猛追してくる。CMOSセンサーも6~8個使いとなり、この分野の世界チャンピオンであるソニーに追い風が吹く。
さらに今回のコロナ押さえ込みで大活躍した中国の防犯・監視カメラには、ほぼ全量といってよいほどソニーのCMOSセンサーが使われている。テレワーク、テレビ会議で必要なWebカメラにはCMOSイメージセンサーが必要であり、テレプゼンスロボット(ANA、トヨタ、オリィ研究所、MIRA・Robotics、Telexistence、メルティンMMIなど日本勢が大活躍)が急増、これまた多くの半導体を消費する。遠隔作業支援、そしてテレワークにはスマートグラスが必須であり、日本メーカーではエプソン、パナソニック、サン電子、山本光学、フェアリーデバイセズ(東大発ベンチャー)、エンハンラボ(メガネスーパーの子会社)、ジンズなどに大活躍の場が控えている。
「禍転じて福となす」とのたとえにもあるとおり、新型コロナウイルスで苦しんだ教訓が新たな産業の勃興につながると信じている。そして、その夢の扉を開くのはいつだって「半導体という小さな巨人」なのである。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。