近年はLCOSから有機ELへの
シフトが進んでいる
(写真はKopinの子会社が
開発したLCOS)
リモートワークの増加で、遠隔作業支援が可能なスマートグラスやヘッドマウントディスプレー(HMD)がにわかに注目を集めているが、そこに搭載される主要デバイスである画面サイズ1インチ前後の「マイクロディスプレー」では近年、技術開発競争が激しさを増している。当初は、主に液晶プロジェクターに使われた高温ポリシリコンTFT(HTPS)や、液晶技術にシリコン製の駆動回路(シリコンバックプレーン)を組み合わせたLCOS(Liquid Crystal On Silicon)などが多用されたが、近年はバックライトが不要で薄型化・小型化が可能な有機ELの採用が進み、直近では新たな対抗技術としてマイクロLEDが登場している。メーカー各社の取り組みから、そのトレンドを紐解いていく。
有機ELには日米欧中メーカーが参入
電子デバイス産業新聞の調べでは、マイクロ有機ディスプレーは現在、日本のソニーとセイコーエプソン、米国のeMaginとKopin、フランスのMICROOLED、中国のYunnan OLiGHTEK Optoelectronic TechnologyとLakeside Optoelectronic Technologyが参入している。
ソニーはデジタルカメラの電子ビューファインダー用で高いシェアを有しており、エプソンは自社ブランドのスマートグラス「MOVERIO」に主に搭載している。MICROOLEDはスマートグラスやヘッドアップディスプレー(HUD)向けに「ActiveLook」ブランドを展開し、こうした機器メーカーと様々なコラボを行って、商品化へ結び付けている。米国2社の主力は米国の陸軍・空軍のパイロット用ヘルメットや暗視スコープ向けといった軍事用で、eMaginは有機EL専業、KopinはLCOSから有機ELへの新規参入を図っており、両社ともに民生用にも展開を進めている段階にある。
eMaginはCFレスで有機EL高輝度化へ
eMaginがマイクロ有機ELで進めているのが、さらなる高輝度化だ。拡張現実(AR)ヘッドセット用ディスプレーには2000cd/m²以上の高輝度が不可欠であり、LCOSなど他のディスプレーでは輝度やコントラストが不足すると述べている。また、特に軍事用ヘルメットにLCOSを搭載した場合、「Green glow」と呼ばれる問題が起きる場合があり、視認性が悪化するケースがあるため、有機ELに優位性があるとも主張する。
同社は現在、マイクロ有機ELのラインアップとして、輝度200ニットまでの「XL」、800ニットまでの「XLS」に続き、最大3000ニットまで対応可能な「XLE」を開発している。XLEは、輝度が同じであれば寿命がXLSの3倍以上あり、SVGA+のプロトタイプ評価サンプルを2019年7~9月期から出荷し始めた。20年内に顧客認定を取得する計画だ。
これに続き、ダイレクトパターニングと呼ぶ独自の有機EL成膜技術を用い、従来は必要だったカラーフィルター(CF)を使用しない「ULT」の開発を進めている。有機EL層で発光した光の約80%を吸収してしまうCFが不要になるため、輝度7000ニット以上が実現できる見込み。ダイレクトパターニングの詳細については「インクジェットではなく、ファインメタルマスクも使わない」と説明するにとどめ詳細を明らかにしていないが、有機ELスタック内の電荷キャリア輸送層は従来と共通で、薄膜封止(TFE)などの後続プロセスはすべて標準だという。緑と赤は燐光発光材料、青は蛍光発光材料を使う。
このダイレクトパターニング技術を用いて、20年7~9月期には輝度1万ニットのエンジニアリングサンプルを出荷する予定。米軍が2.5万ニットまでの高輝度化を求めており、3年以内にこれを実現するため、並行して開発資金の調達も進める。また、ダイレクトパターニング技術で製造したディスプレーを民生用AR/VR(仮想現実)機器向けに19年12月末からデザインインし始めたことも明らかにしている。
Kopinはダブルスタック構造で高性能化
有機ELでは後発のKopinも、高輝度化と高精細化を急ピッチで進めている。その1つが、1月に開催された「CES2020」に展示したダブルスタック構造のマイクロ有機ELマイクロディスプレーだ。ダブルスタック構造の詳細については明らかにしていないが、有機ELの発光層を2層以上に複層化して、高輝度化や長寿命化を図っているものと想像される。複層化技術は、テレビ用有機ELディスプレー「WOLED」を量産している韓国のLGディスプレーも採用している。
Kopinは、マイクロ有機ELで世界最大サイズの解像度2560×2560(2.6K)の1.3インチをパナソニック、中国江蘇省常州に工場を持つLakesideと共同開発した。高速CPHY/DPHY MIPIインターフェースとダイナミックレンジ(HDR)を実現する10ビットカラー制御を統合。ダブルスタック構造で輝度1000ニット以上、コントラスト比1万対1以上、色域NTSC比70%を実現した。
このほかに、ダブルスタック構造のマイクロ有機ELマイクロとして、解像度2048×2048(2K)の0.99インチと、解像度1280×720で0.49インチの高輝度グリーン720pも開発した。前者は輝度1000ニット超、コントラスト比1万超、NTSC比70%を実現。後者は2万ニットを超える超高輝度で、消費電力をわずか130mWに抑えた。
Kopinはファブレス企業であるため、シリコンバックプレーンを自社で設計し、有機ELの成膜工程はLakesideのほか、中国FPD最大手のBOEとの合弁会社であるKunming BOE Display Technology、および中国雲南省のOLiGHTEKの3社に製造委託している。米中貿易摩擦が激しさを増すなか、今後も米中のパートナーシップを維持しつつ商品展開を進めていけるのか懸念されるが、Kopinはパナソニックの案件がBOEの生産能力を活用する最初の契約になるとの見通しを示している。
マイクロLEDは有望な「有機EL対抗技術」
一方、有機ELの対抗技術であるマイクロLEDは、輝度や寿命に優れていることが特徴だ。量産展開にはまだ時間を要するかもしれないが、LEDは自発光デバイスであるため視認性が高く、直射日光下のような明るい場所でも高い視認性が得られると期待されている。寿命に関しては、特に青色発光材料のライフタイムが懸念される有機ELに対し、LEDにはこうした心配がない。なかでもモノリシック型は、画素となるLED素子を半導体製造プロセスで作り込むため、微細化によって高解像度化を実現しやすいとも考えられ、有機ELの有力な対抗馬になると期待されている。
こうした将来性の高さから、世界中で新規参入が相次いでいる。バックプレーンにシリコンを用いるケースやLTPSを用いるケースなど、まだ様々な技術的選択肢があるが、主に欧米のベンチャー企業、台湾の新興メーカーが実用化に取り組んでおり、日本でもシャープ、京セラ、ジャパンディスプレイといったFPD技術に造詣が深い企業が開発しているほか、ナイトライド・セミコンダクターや日亜化学といったLEDメーカーがチップ技術を提供している。
実用化に近づく英国ベンチャー
なかでも、事業化に最も近い位置にいると目されるのが、モノリシック型マイクロLEDのベンチャー企業、英Plessey Semiconductorsだ。先ごろ、SNS大手の米Facebookとの協業を発表。「新しい商業契約に基づき、当社のLED製造事業はFacebookのプロトタイプ支援およびAR/VRに使用する新技術開発に専念する」と述べ、Facebookが開発中といわれているARスマートグラスにマイクロLEDディスプレーを独占供給するとみられる。
Plesseyは、もともとGaN on Silicon技術をベースにした LEDチップメーカーとして設立され、当初は照明用にLEDチップやLEDパッケージ技術を開発していた。だが、18年にマイクロLEDの開発に大きく舵を切り、18年8月にはスマートグラスを開発している米Vuzixと提携、19年5月にはディスプレーの長期供給契約も結んだ。この間に、シリコンバックプレーン技術を持つ企業との提携、英プリマス工場におけるマイクロLED量産体制の構築などを進め、19年9月にはGaN on SiliconマイクロLEDディスプレー開発キットの提供を20年から開始するとアナウンスし、20年までにフルカラーのモノリシック型マイクロLEDディスプレーを実現するという目標を示した。
一方のFacebookは、14年にHMDを開発・販売している米Oculus VRを20億ドルで買収。16年にはアイルランドのマイクロLEDディスプレーベンチャーInfiniLEDを買収したことも明らかにしており、早くからマイクロLED技術に関心を示していた。
「微細化すると効率低下」が課題
量産化が間近に迫っているかに見えるマイクロLED(特に小型のモノリシック型)だが、量産化できれば有機ELをすぐに代替できるかといえば、そう簡単でもなさそうだ。有機ELを代替するには、コスト、輝度、色再現性といった複数の項目で有機ELを凌駕する必要があるが、現在のマイクロLEDには「この部分では有機ELをすでに大きく凌駕している」というポイントが見当たらず、期待感だけが先行している状況といえる。例えば、製造コストが有機ELと同等あるいはそれ以下になるかは未知数だ。
マイクロLEDが克服すべき課題として、LED発光素子のサイズを小さくすればするほど発光効率が低下してしまう、という課題がある。調査会社Yole Developpmentによると、LEDの外部量子効率(EQE)は、素子のサイズが100μm角の場合、波長467nmの青色は75%、532nmの緑色は40%、630nmの赤色は45%で、これらの数値は有機ELよりもはるかに高い。だが、素子のサイズを5μm角にまで小さくする(高精細化するため画素を小さくする)と、EQEは青色が25%、緑色が15%、赤色はわずか7%まで落ちてしまい、緑と赤は有機ELを下回ってしまう。これでは、高輝度化はおろか、消費電力性能でも有機ELに劣ることになりそうで、マイクロLEDに置き換える意味がない。
これを解決するための取り組みとして、MOCVD装置を用いて行うLEDエピタキシャル成長工程をさらに高品質化・均一化して、LEDチップのウエハー面内における波長や輝度のばらつきをできるだけ小さくする開発などが進んでいる。
高解像度化と輝度のバランスが需要開拓のカギ
19年に0.38インチで1053ppiのモノリシック型フルカラーマイクロLEDディスプレー「Silicon Display」を発表したシャープは、165mA駆動時に輝度1000cd/m²、色空間の標準規格であるsRGB比で120%を達成した。片面電極構造の青色LEDをサファイアウエハー上に作り込み、フルカラー化するため、青色を赤色と緑色に変換する量子ドット蛍光体層をフォトリソプロセスでウエハー上に形成した。
この開発に関する電子デバイス産業新聞の取材に対し、「量産化に向けては、量子ドット層を含めてさらなる微細化が必要になるが、最も重要な点は、屋外でも高い視認性を実現できる高輝度化だと考えている。先行技術であるマイクロ有機ELディスプレーが商品化されているが、それを超える輝度を実現する必要がある。並行して、どのレベルの解像度であれば、実製品に搭載していただけるのかも探っていきたい」と述べており、やはり微細化(高解像度化)と輝度のバランスをいかに取っていくかが、まずは有機ELとの差別化や代替需要の開拓のカギを握ると考えられる。
FacebookやVuzixといったセットメーカーの姿勢を見る限り、マイクロLEDのポテンシャルは高い。同じく、テレビ用の大型ディスプレーでも、サムスン電子が年内に75インチの家庭用マイクロLEDテレビの発売を予定し、「ポスト有機EL」として期待を集めてはいるが、販売価格では有機ELテレビより相当高価になると目されており、家庭用の普及価格帯に下がってくるまでには相当時間を要するとみられる。先を行くマイクロ有機ELメーカーの取り組みにどこまで迫ることができるのか、今後の技術開発競争はさらに激しさを増すはずだ。
電子デバイス産業新聞 編集長 津村明宏