ニデックが不適切会計問題の発生で動揺している。本稿執筆時点で第三者委員会報告書が公表されていないため不明な点も多いが、不正の要因には創業者の永守重信代表の存在が取りざたされ、永守氏は2025年末に代表取締役を辞任した。だが永守氏の影響があったのは事実にせよ、事業において不正に追い込まれる原因はなかったのか。本稿ではニデックが近年、社運を賭けて拡大してきた電動車の基幹部品、eAxleに着目し、その盛衰を振り返ることで不正が起きた原因の一端を探る。なお、ニデックは創業50周年の23年に日本電産から社名変更したが、本稿では煩雑さを避けるため「ニデック」で統一する。また、経営幹部の役職はいずれも当時のもの。
EV時代に向けいち早くeAxleを量産化
ニデックは2010年代から車載分野に注力し、関連企業のM&Aを繰り返すなど布石を打ってきた。しかし、全社的な傾注をはっきり示したのは19年に業界に先駆けてeAxleを量産化したのがきっかけだ。eAxleはモーター、ギア、インバーターを1つに統合したもので、電気自動車(EV)をはじめとする電動車の基幹部品である。すなわち、世界的に自動車が電動化していくなかで欠かせない存在だ。
ニデックがeAxleの開発をアナウンスしたのは17年だが、並行して本格事業化への取り組みを行ってきた。中国での生産体制整備に加え、19年の仏のグループESA(現ステランティス)との合弁は、現在まで続く協業関係となっている。また、三菱重工工作機械(現ニデックマシンツール)などの子会社化を通じた工作機械事業の強化も、当初はeAxleの生産拡大のため工作機械の内製化を図ることが狙いだった。
eAxleの量産化をアナウンスした際には滋賀県愛荘町の滋賀技術開発センターでメディア説明会を開催し、三菱自動車出身でニデックの車載事業を牽引してきた早舩一弥氏がeAxle事業の拡大に向けた強い意欲を語った。その言葉どおり、ニデックはeAxleラインアップの拡大と生産体制強化をいち早く進め、電動車用駆動部品市場をリードする存在として飛躍する。
理論的支柱を得て「分水嶺」に向け前進
続く20年、日産自動車で副COOを務めていた関潤氏がニデックに移り、代表取締役社長となる。大手自動車メーカーの経営層であった関氏の移籍は、ニデックの車載事業に賭ける意気込みの強さをより意識させるものだった。
このころ、EV市場について永守氏がしきりに述べるようになったフレーズに「分水嶺」がある。これは25年を境にEVの価格が化石燃料車を下回るようになり、普及が爆発的に進むという予測を示したものだ。また、自動車の電動化により従来の自動車メーカーやティア1を中心とした市場の枠組みが変化し、新規プレーヤーにビジネスチャンスが生まれると予想された。永守氏はこの予測に基づき、ニデックがeAxle市場で圧倒的なシェアを押さえておかなければならないという考えを強調した。
理想的後継者として迎えられた関氏(写真左、20年の社長就任発表にて)
この考えにお墨付きを与える格好となったのが関氏だ。関氏は決算説明会などでEV市場の展望に話が及ぶと、永守氏の「分水嶺理論」はまったく正しいと強調した。ニデックのeAxleへの傾注と「分水嶺理論」については懐疑的な声もたびたび出たが、永守氏は「必ずそうなる。今嘘だと言っている人たちにもそのうち分かる」と取り合わなかった。この自信を理論面から支えていたのが関氏だったことは、想像に難くない。
関氏退任と車載事業の変調
永守氏、関氏のツートップ体制のもとeAxle事業の拡大を進めたニデックだが、蜜月かに思われた両氏の関係は長続きせず、22年秋に関氏が退任する。関氏を巡る永守氏のコメントは「外部から来た経営陣のせいで(ニデックが)おかしくなってしまった」という感情的なものが多く、関氏がなぜ退任に至ったか分からなくなっている。しかし、振り返ると両氏の関係悪化は車載事業の変調と重なっている。
退任から約1年遡る21年6月、関氏はニデックのCEOに就任し、名実ともに永守氏の後継者としての地位を盤石にする。同年秋には欧州のセルビアに中国と並ぶeAxleの中核生産拠点を設ける計画を公表し、「分水嶺」に向けて25年には想定需要の倍の生産能力を構築すると表明。30年までに1000万台の販売目標を掲げるなど、止まらぬ勢いを示した。
ところがそれ以降、eAxle事業の不振が意識されるようになる。当初、eAxle事業は「分水嶺」に向けたシェア拡大のため赤字受注はやむを得ないというスタンスで、収益性を高めた次世代品への切り替えで取り返す戦略だった。しかし、22年5月の21年度決算発表ではeAxle事業の黒字転換の前倒し目標が示されるとともに永守氏がCEOに復帰、関氏は同事業に専念すると公表される。結局、関氏はそのまま表舞台に戻ることなくニデックを去った。
22年度通期決算ではeAxleを中心とした車載事業の変調が表面化し、品質問題の発生を受けた費用の計上などで23年1~3月期に営業赤字に陥る。永守氏はこの品質問題の要因に、関氏の不手際があったと示唆した。eAxle事業の黒字化も芳しくなく、23年度の反転攻勢が目標に掲げられた。
ところが以後も車載事業の巻き返しは進まない。ここで再建の担い手として一躍注目を浴びることになったのが、現社長の岸田光哉氏である。
拡大から収益重視に転換も、不適切会計で暗雲
岸田氏はソニーの出身で、スマートフォン事業の立て直しに貢献したことで知られる。22年にニデックに移ってからは車載事業の責任者に抜擢されるとともに、関氏退任後の次期社長候補として選ばれた5人の副社長にも名を連ねた。副社長時代から車載事業の立て直しを担当していたが、24年に社長に就任すると抜本的な見直しに着手する。
岸田氏はeAxle事業の拡大路線を一転させ、収益重視への転換を図る。主要顧客である中国の広州汽車とステランティスに案件を絞り込み、収益改善を最優先する方針を打ち出した。利益重視の姿勢は全社戦略にも表れ、ニデックが30年度の目標に掲げていた売上高10兆円についても達成にこだわらない姿勢を示した。急転換ぶりに決算説明会では「永守氏は了承しているのか」といった質問も飛び出したが、岸田氏は「しっかりコミュニケーションして理解を得ている」と強調した。実際、永守氏は岸田氏の社長就任後は決算説明会に登壇しなくなり、株主総会でも岸田氏の方針に理解を示していた。
不適切会計問題の対応を報告する岸田氏(26年1月末)
この路線変更が功を奏して24年度以降は収益改善の兆しが見え、eAxle事業の黒字転換と再成長が視野に入るかに思われた。だが25年夏に不適切会計問題が発覚し、同11月に発表した25年度上期決算ではeAxle関連の固定資産減損など約877億円の損失を計上。過年度決算の数値が修正される可能性も浮上し、先行きは暗雲に閉ざされてしまった。
第三者委調査ではeAxle事業の内情にもメスか
岸田氏が担当して以降、ニデックの車載事業は収益改善が課題となり、22年度に続いて23年度もeAxle事業の構造改革費用として598億円を計上していた。先に触れた25年度上期の約877億円の損失は、第三者委員会の調査とは別にニデックが事業の収益性を再精査した結果、計上を判断したものだ。すなわち、22、23年度に実施した改革は十分でなかったことになる。
車載事業の収益性は低調だったが、構造改革費用によるマイナスを除けば四半期ベースの黒字は維持されていた。しかし、不正の存在を前提にするとその数値が操作されたものではなかったのかという疑問が生まれよう。第三者委員会の調査では、eAxle事業の拡大期に増強された設備が縮小フェーズに余剰化した際の対応や、増産により生まれたであろう在庫が適正に処理されていたのかなどについて、メスが入れられることになるだろう。
EV時代のモデルの見誤りが苦境を招いたか
しかし、業界に先駆けていち早く事業化したeAxleで、なぜニデックは苦境に陥ってしまったのか。予測どおりにEV市場の拡大が進まなかったことが大きな要因であるのは確かだが、それだけが理由ではない。
ニデックのeAxle事業は急激に規模を拡大した一方で供給はほぼ中国市場にとどまり、パートナーのステランティスを除く欧米勢や日本勢に食い込めなかった。EVシフトの遅れだけが要因とはいえない。日欧米の自動車メーカー、ティア1はそれぞれ独自にeAxleを開発し、先駆者であるはずのニデック製品を積極的に採用する動きを見せなかった。永守氏は「一番安くていいものを作っているのだから、いずれみんな採用するようになる」と強気だったが、中国外への展開が進まないうちに中国市場では価格競争が激化し、収益が悪化した。価格競争力に自信を持っていた永守氏も「中国市場は異常」と嘆くに至り、展開縮小を容認した。
なぜニデックのeAxleは広がらなかったのか。永守氏は「分水嶺」には自動車市場の構造が変化し、既存の自動車メーカーやティア1の枠組みを越えて標準的な地位を得た部品が採用されるようになるとみて、シェア拡大を最優先させた。だが予想に反し、電動化が進んでも自動車メーカーやティア1が開発段階から密接に連携するモデルは変わらなかった。このため、先駆的にシェアを取れば自ずと大手にも採用されるだろうという見立てが崩れ、成長シナリオが成り立たなくなってしまった。
立ち上げ当初、ニデックはeAxleというシステムを売るのであって、モーターやインバーターなどの単品売りはしない方針だった。その後、事業の方向性を変えるにあたって部品の販売にも柔軟に応じる姿勢に転じている。しかし、事業の急拡大から縮小への急転換は収益構造を悪化させ、利益捻出を要求される現場のプレッシャーが不正を誘引したと考えられる。
ニデックがEV市場に可能性を見出し、キーコンポーネントであるeAxleをいち早く事業化したのは慧眼といっていい。それだけに、そのチャンスに全力を注いだ結果として当初の見立てからの軌道修正が遅れ、採算性の悪化が不正の一因になってしまったのであれば皮肉としか言いようがない。
電子デバイス産業新聞 副編集長 中村 剛