「電子機器の44%は中国が製造している。実にノートブックPCは96%、モバイルフォンは71%、白物家電は76%、無線通信機器は65%が中国国内で作られているのだ。今回の工場閉鎖で影響があるのは、中国全体の30%程度と見られる。単純な掛け算をすれば、44%×30%=13.2%の電子機器に影響がある。これは、大変なことになる」
こう語るのは、いまや世界的な半導体アナリストとして著名な南川明氏である。南川氏によれば、半導体需給は回復局面に入り、NANDフラッシュメモリーの過剰在庫は2019年末には解消している。PC向けSSDは特に好調に推移している。DRAMは2020年4月頃には在庫問題が解決する。価格も上がってきた。ああ、それなのに、全く予測もできないコロナウイルスの世界的な蔓延が、エレクトロニクス市況に大きな影を落としている。
「一方、米中貿易摩擦は、しばらく現在の状態が継続するが、今後関税率を下げる交渉が始まる。米国政府は、ファーウェイをかなりターゲットにしてきたが、今後は中国のスーパーコンピューター企業を狙い撃ちしてくるだろう。中国製造2025という、政府からの90%補助金を伴う信じがたい産業支援を中国政府が止めない限り、トランプ大統領の戦いは続く」(南川氏)
南川氏によれば、コロナウイルス問題が発生する前の段階で、中国経済は一気に減速しており、これに米中貿易摩擦の悪化が加われば、2020年における中国のクライシスは計り知れないものがある。いまやGDP第2位となった中国が止まれば、世界経済に与える影響はちょっとやそっとのものではない。中国における電子機器工場が1カ月停止すれば、1.1%の伸びが下ぶれすることになる。IHSマークイットは2020年の電子機器成長率を4.5%と予測しているため、1カ月の停止で成長率は3.4%に減少する計算になる。もし2カ月止まってしまったら、2.3%に減少するわけであり、これが世界経済に与える影響は非常に大きいのだ。
「米国にはファーウェイ叩きを正当化しなければならない2つの理由がある。第一は、2017年に成立した中国の国家情報法により、政府が求めればスパイ行為をせざるを得ないという問題だ。そもそも中国企業にインターネットプラットフォームをゆだねるわけにはいかない。第二は、これまでのファーウェイの台頭が不公正通商慣行の塊であったことである。いったん決めた以上、米国によるファーウェイ排除は揺るがない。一部汎用品の出荷許可の可能性はあるが、基地局や通信インフラへの輸出は継続して禁止する」(南川氏)。
しかして、中国ファーウェイは基地局で32%、バックホール機器で32%の世界シェアを持っており、5Gで4割以上のシェアを取る勢いである。トランプ氏が徹底的なファーウェイ排除をしていっても、これだけのシェアを持っている以上、なかなか難しい。しかも、同盟関係にある英国がファーウェイは排除しないとのコメントを出していることには、トランプ氏はいら立ちを隠さない。そしてまた、技術力において、ファーウェイが力をつけてきたことは紛れもない事実だ。ファーウェイの子会社であるハイシリコンは、Kirinチップを設計しているが、これはクアルコムの最新チップと比べても、機能も微細化も同等以上というすばらしさである。
「中国が無理やりにでも中国製造2025を推進しなければならない最大の理由は、外国企業の誘致と雇用拡大があくまでも成長エンジンであるからだ。中国は2050年を目標に、世界一の経済大国、世界一の軍事大国を目指すとしており、5Gインフラにはすでに5兆円投資を決めている。また、2025年までにEVを含めたエコカーを加速し、自動運転を実現するとも言っている。2035年までにはIoTを活用して、世界に最先行するスマートシティを実現する、とさえ言っている。しかして、これがまともにやれるかどうかは、すべてお金の問題にかかっている」(南川氏)。
この2年間にわたる中国経済の失速は、はっきりとした数字となって表れてきた。外貨準備高は4兆ドルから3兆ドルに激減した。しかも、ここ1~2年で返さなければならない有利子の借金は2兆ドルに膨れ上がっている。すべてにおいて世界一を目指すという中国の野望の実現には「金」という弾(タマ)がいるのだ。その弾が一気に不足し始めた。これが最大ボトルネックであろう。
もちろん、中国はいまや世界の半導体の40%を買っている。その半分は米国製半導体である。トランプ氏が怒り狂って「米国製半導体はもはや渡さない」という信じがたい決定をすれば、中国のエレクトロニクスは全く機能しなくなる。はしごを外されたら終わりなのだ。こうした状況に加えて、7万5000人を超えるコロナウイルスの感染者の増加は、習近平政権にとって、かなりの痛手となる。最も重要な会議である全人代まで延期されてしまった。今後の中国政府の舵取りが世界のエレクトロニクスの趨勢を決めると言っても過言ではないだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。