中国の半導体国産化において中核的な役割を果たす紫光集団。そのシニアバイスプレジデントに元エルピーダメモリ社長の坂本幸雄氏が就任した。同氏は設計部門を統括し、日本国内を中心に設計エンジニアの採用活動を2020年から本格化させていくという。今後の活動、そして表舞台に戻ってきた理由を自身の口から語ってもらった。
―― 紫光集団のDRAMプロジェクトに参画した理由を教えて下さい。
坂本 3年前に紫光集団からオファーをもらい、「一緒にNANDをやろう」と言われた。しかし、その時はあまり体力に自信がなく、頭の回転に関しても衰えを感じていたころで、オファーを断った。そこから今日に至るまでの3年間、実は剣道をやっていた。月曜から金曜まで毎日素振りを行い、土日は稽古を行う日々を過ごした。
―― エルピーダ時代は何かスポーツを。
坂本 スイミングをやっていた程度だった。今年9月で72歳になったが、自身の状況を改めてチェックしてみたら、体力は3年前よりもついている、頭も前より働く、と自信を取り戻すことができた。そんな時、偶然にも高啓全氏(チャールズ・ガウ、現在は紫光集団DRAM事業トップ、南亜科技、イノテラのトップ歴任)から連絡が入った。会ったのは9月10日だ。
―― オファーの内容は。
坂本 一緒にDRAMをやろうと。私自身も体力を取り戻し、自信をつけてきたので、オファーを受けた。私は一度DRAMで負けている。この負けはなんとしても返したい。この負けを返したうえで、人生・キャリアを全うしたい。
―― 紫光集団における自身の役割は。
坂本 高氏のもと、私はDRAMの設計部門を担当することになる。設計会社を20年4~6月期に立ち上げるため、年明けから設計エンジニアの採用活動を本格化させていく。DRAMの設計エンジニアは世界的にみても希少価値が高く、早い段階から着手する必要があると思っている。まずは、100人規模のエンジニアを採用し、この川崎オフィスで設計業務をスタートさせていく。
―― プロセス分野は。
坂本 私が直接関与することはない。個人的な意見を述べさせてもらえば、プロセスエンジニアは設計に比べて、比較的人材を集めやすい。さらに、大手DRAM3社はファンダメンタルなプロセスR&Dを必要とするが、我々は後追いなので、この面でものすごくイノベーションを求められるわけではない。
―― かつて、合肥のプロジェクトに参加して、頓挫したことがありますが。
坂本 あの時、私はDRAM設計を担う「サイノキングテクノロジー」を立ち上げて、エンジニアの採用を進めていた。必要なエンジニアの数を集められなかったと言われているが、そうではない。あのときは、合肥市市長の汚職が発覚するなどして、混乱の最中にあり、私は香港の投資家グループとこのプロジェジュトに関わっていたが、今回は手を引いた方がいいだろうという判断に至った。
―― 紫光集団のDRAM計画の概要は。
坂本 量産工場は重慶市で建設予定だ。量産時の製造プロセスはおそらく1Y(17~16nm相当)世代になるだろう。そのころ、DRAMトップ3社は1Z世代に移行しているが、微細化サイクルは長期化しており、生産ラインのなかには1Y世代も混在しているはずだ。我々としては世代交代のスピードが鈍化していることはキャッチアップしやすい環境ともいえる。
―― 特許など知財戦略については。
坂本 IPはお金を払えばいい、タダでそれに乗ろうとは思っていない。我々の製品が市場で流通するのは早くても3年後だ。その間にキラーパテントは取得していくつもりだ。メモリー各社はそれぞれのIPをクロスライセンスして事業を成立させている。我々もそれを想定している。
―― 中国では紫光集団以外にも、複数のDRAMプロジェクトがあります。
坂本 自然発生的に我々含めて3つのプロジェクトが立ち上がっているが、特別意識しているわけではない。しかし、どこかのタイミングでこのプロジェクトは収斂・合流していくはずだ。一番技術の持っているところに集まってくる。量産工場は中国国内に複数あるが、R&Dは1つに集約していく。これだとスケールメリットが出てきて、トップ3社と対抗できるかたちとなってくる。
◇ ◇ ◇
坂本氏はかつて、エルピーダが会社更生法を申請した際の会見で、「日の丸DRAMの灯は消したくない」と語った。坂本氏がいう「日の丸DRAM」は、日本の優秀な設計エンジニアをベースに、日本発のDRAM製品を資金力の豊富な中国で生産することを念頭に置いている。しかし、「エルピーダでの負けを取り返す」という言葉には、こうした「日の丸DRAM」という意識に加え、個人的なリベンジマッチの意味合いも含まれていると感じる。いずれにせよ、中国のDRAMプロジェクトはJHICC、チャンシンIC含めて、大きな壁に直面している。坂本氏を招聘した紫光集団が今後、どういった風穴を開けていくのか、大きな注目が集まる。
(聞き手・副編集長 稲葉雅巳)
(本紙2020年1月9日号1面 掲載)