とにもかくにも韓国の反日運動が激化した状況が続いている。反日以外に国民を団結させる方法がないともいえるだろう。こうした状況下で、韓国政府は8月に日本に依存する100品目を戦略品目に指定し、5年以内に脱・日本依存を目指す「素材・部品・装備・競争力強化対策」を発表した。何と毎年1兆ウォン(約940億円)の予算を投入し、日本が輸出管理を厳格化したレジスト、フッ化水素、フッ化ポリイミドの3品目を含む20品目に関しては1年以内に日本以外からの調達に切り替えるという。
こうした状況下で、筆者は11月10日に韓国のソウルプレスセンターで講演をさせていただいた。主催は韓国半導体ディスプレイ技術学会であり、この代表を務める漢陽大学教授の朴在勤氏の強いお招きによるものだった。講演の冒頭に筆者は「親韓派中の親韓派」と宣言したところ、少しのどよめきとかなりの笑い顔が見えた。そして、日韓の切迫した状況を打開する何らかのオピニオンを形成したいという観衆たちの意図もよく分かった。
最近における日中韓の製造業のバリューチェーンは次のようになっている。日本がコア装置・材料の53%を韓国に供給し、韓国はそれをきっちりと加工した中間材に仕上げ、その79%を中国に渡す。中国が最終的に完成品として世界市場に送り出すというものである。ところがここに来て、このバリューチェーンに大きな揺らぎが生じ始めた。まずは肝心要の中国経済が全くもって良くないのだ。その最大の理由は、かの強面男であるトランプ大統領による中国制裁である。すなわち米中貿易戦争の激化なのである。
ここにきて中国政府は「今年の経済成長見通しが6%まで落ちることになる」と発表しているが、実際にはこれを下回るだろうという予想が出されている。正直言って、設備投資にしても企業誘致にしても急速に冷え込んでおり、不動産バブルも弾けつつあるのが実情だ。そしてまた、膨大な借金を返さなければならないために、思い切った経済政策がとれないというジレンマがある。
ちなみに筆者の親しくするアナリストは、中国の成長率が6%成長以下に落ちた場合には、その経済政策を批判して暴動すら起きるだろうという。理由は異なるけれども、毎日のようにかの香港が市民レベルの暴動に近い有様となっているわけだから、決してないことではないだろう。
さて、筆者の講演タイトルは「なぜ日本は素材産業が強いのか」というものであった。半導体の3大材料の筆頭格であるシリコンウエハーの日本企業の世界マーケットシェアは60%以上になっている。フォトマスクについても内作を除けば同80%以上、そしてまた今回の日韓貿易規制で問題となっているレジストについては何と日本企業が世界シェアの93%を握っている。それ以外の素材についても半導体や液晶において日本企業は圧倒的な強さを見せつけている。そしてそれは創業100年以上、またはそれに近い企業が、すぐにお金にならなくても、数十年間ひたすら研究する努力を積み重ねて培ったものだと指摘した。
韓国の企業風土としては「すぐに儲からないビジネスはダメ」という考えが色濃いところがある。日本企業の場合は「長い苦労に耐えて素材を作り上げ、世界に貢献する」という気風が強い。それゆえに韓国の素材の国産化についてはかなり否定的な意見がこれまでも多かった。
談笑する韓国半導体ディスプレー技術学会の
メンバー(一番左は朴教授)
筆者は、これまでどおりに日本の素材をフル活用し、むしろ主力となっている半導体の投資に全力を挙げた方が得策であるとも指摘した。会食を挟んでの講演会だっただけに、多くの人たちが筆者のところに来て、熱い議論を交わすことになった。前記の漢陽大学の朴教授は「日本素材企業の韓国現地化こそが重要だろう。次世代半導体で先行する韓国にとっては日本の素材・装置工場を誘致するということが何よりも大切なことだ」と真剣な顔で述べていた。
ただ、確かに韓国の半導体が伸びれば伸びるほど、韓国は日本に対する貿易収支では最大の赤字国になっていくという構造が変わらない。そしてまた、今回のように重要素材の輸出に規制がかけられるということであれば、韓国政府が大騒ぎして国産化を掲げることも至極当然のことだろうとは思っている。
それにしても、韓国半導体のフォトレジストの輸入割合は93.2%に達している。シリコンウエハーについても同52.8%となっている。半導体製造用エポキシ樹脂については同87.4%とこれまた高い。半導体ウエハー製造用の石英るつぼにいたっては実に99.2%を日本からの輸入に頼っているのだ。こうした状況をほんの数年の開発投資でひっくり返せるとはとても思えない。
半導体の素材は、超先端の精度を要求されるうえに、各工場や各企業に合わせ込む技が必要である。そしてまた、装置との相性を図るために、かなりの年月を必要とする。筆者は何が言いたいのか。つまり、韓国政府および韓国企業がすぐには儲からない素材の開発量産に注力している期間、日本はさらにその上をいく素材を作り上げてしまうことになるからして、国産化への注力はあまり良い政策でないと思えてならないのだ。
それにしても韓国経済は中国に頼り過ぎている。2018年には中国に対する輸出は1621億ドルにも達しており、逆に輸入額は1064億ドルであるから、対中貿易は557億ドルの超黒字になっているのだ。ところが、最近12カ月にわたって韓国の輸出は対前年比で20%以上落ち込んでいる。11月に入っては30%も落ちている。これはひとえに中国向け輸出が不振であることを表すのだ。
韓国経済は内需に恵まれないために輸出で勝負するしかないわけであるが、現状はまさに八方ふさがりとなっている。半導体は韓国全体輸出額の21%強を占めるという親孝行産業であるが、これが止まっている現状からどうやって抜け出すかが重要であり、コア装置・材料分野の国産化はその次のステップで考えればよいのではないかと思えてならない。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。