「第4次産業革命と呼ばれるAI、IoT、ビッグデータ、5Gなどのデジタル技術の革新が進んでいる。モノづくりはもちろんのこと、ソリューションビジネスが重要になってくる。いまや全九州はこの新たな産業革命の旗のもとに結集しなければならない。社会イノベーションと産業イノベーションを同時に達成し、これを世界に拡大していくことが九州の新しい成長の1つの方向性である」
吠えるように、かつ諭すように、その人はまたも熱く語っていたのだ。筆者が親しくする福岡県直方のアスカという企業のネットワークの会において、その人が語っている姿を見て、不思議に胸が熱くなった。そう、あの時もその人はアジアに開かれた「シリコンシーベルト」を福岡をコアにして全九州に作り上げる、という運動論を展開していた。その人とはかつての福岡県知事、麻生渡氏(一般財団法人/九州産業技術センター会長)である。
麻生氏は、全国知事会の会長も務めるなど、その人望、実行力、統率力はまさに群を抜いている知事であった。北九州の出身であるが、真剣に全九州という視点でものが見られる方であった。「シリコンシーベルト福岡」は、九州シリコンアイランドにイノベーションをもたらすために作られたプロジェクトである。九州は「頭脳なきシリコンアイランド」と言われ、量産工場は林立するものの、新たなイノベーションを生み出す力がない、との指摘が多かった。そこで麻生氏は、ダイナミックな政策を九州大学の安浦副学長たちと一緒になって作り上げた。
すなわち、福岡の地に半導体の頭脳部分を集積して、量産工場は熊本、佐賀、長崎、鹿児島、宮崎、大分、さらには山口などに展開し、全九州が結集して真の意味での日本のシリコンバレーになるという考え方なのである。これに沿って、福岡システムLSIセンターが作られ、国内外のファブレスベンチャーをそこに集積するという計画が立てられた。これは見事に成功した。そしてまた、半導体の後工程の充実を図るべく3次元実装のプロジェクトも立ち上げた。この知事の呼びかけに連動するかたちで、ソニー、パナソニックをはじめとする大手半導体メーカーは、福岡に半導体デザインセンターを次々と進出させるのだ。
しかして残念だったのは、福岡県下にどでかい半導体工場が進出することは、この運動論の中では実現できなかった。今だから話せることであるが、実は東芝のフラッシュメモリーの巨大工場は、岩手と北九州の誘致合戦が繰り広げられ、一時期は北九州で決まり、という時期もあった。結果的には、岩手がこれをさらっていってしまうのであるが、北九州出身の麻生氏としては、顔には出さないながらも、多分悔しかったに違いない。
一説によれば、この時の内閣総理大臣は麻生太郎氏(現副総理)であり、福岡県を地盤とする政治家である。そしてこの頃は、野党の勢いがすばらしく強く、その先頭に立っていたのが民主党の小沢一郎氏であった。彼は言わずと知れた岩手県の出身である。
つまりは、福岡対岩手の戦いは、その裏に大物政治家がいたと見てよいが、麻生内閣はみじめに潰れてしまい、民主党政権が誕生するわけであるから、闇将軍と言われた小沢のいっちゃんはやっぱり強かったのね、と言わざるを得ない。あまりにうがった見方であるが、そうかもしれない、という声は多い。ちなみに、あの暴言と失言を繰り返す麻生副総理と、気高い理想を持つ人格の人、麻生渡氏は、全く親戚関係にはない。
「世界すべてを見ても、医療・健康、環境、食糧問題などの社会課題が顕在化している。我が国も韓国も中国も、少子高齢化に悩み始めた。こうした社会問題の解決は、今後の産業イノベーションの温床であり、成長市場として有望だ。もはや一企業の経営資源のみでは限界があり、自社のみの発想や研究開発から脱却して、自社の経営資源をオープンにし、外部の技術などの経営資源と結合して、新しい価値を作り出すオープンイノベーションが有望である。このような基本認識のもと、一般財団法人の九州産業技術センターと、九州地域産業活性化センターが合併し、新たに九州オープンイノベーションセンター(略称:KOIC)を2020年4月をめどに立ち上げる」(麻生氏)
まさに東京オリンピックの年に、このKOICは発足する。成功報酬型のコーディネート事業も始まる。九州・大学発ベンチャー振興会議も本格スタートする。九州の成長産業のトップを走る自動車産業、半導体産業、さらにはヘルスケア、環境エネルギー、農業・食品産業などの振興を図るべく、米国、ドイツ、イスラエルなどとの間でイノベーション拠点の交流事業も行っていく。そして、人材育成事業にも注力し、女性リーダーを育て、若手研究者のやる気を引き出し、経営層についてはネクストリーダーを作り上げていく。麻生氏はまたもや全九州を結集する壮大なプロジェクトを立ち上げるために、再び立ち上がったのだ。
ちなみに、麻生氏はスピーチの中で、さかんに筆者に目線を飛ばしてきた。そして、かつてのような親しさを込めて、こう言ったのだ。
「シリコンシーベルト福岡立ち上げの折には、半導体業界の最古参記者である泉谷さんにはものすごくお世話になった。今回の九州オープンイノベーションセンターの立ち上げについても、多大なる協力をいただきたい。字は違うけれど、私と泉谷さんは名前が同じなのだ。渡と渉のご縁はいつまでも一緒、と言えるのではないか」
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。