電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第348回

名門東芝のメモリ半導体会社が「キオクシア」という社名になっちゃう


~「いつまでも覚えていてほしい」というならば、もっと洒落た命名が必要

2019/8/30

 桜の舞い散るある高校の広場に、2人の男女が立っている。女性は「いつまでも私のことを覚えておいてね」と言いながら、涙目で付き合ってきた男性を見る。これに対して男性も「君のことを思うと、もう言葉にならないぜ」という目で無言を貫いている。卒業式の前の日の光景である。

 1970年代半ばの頃と記憶しているが、太田裕美の『木綿のハンカチーフ』という歌があった。田舎の農村地帯で恋人同士であったカップルの相聞歌ともいうべき歌であった。男は故郷を離れて、おそらくは大都会の東京に出たのであろう。そして毎日暮らす都会の面白さのとりこになってしまって、徐々に恋人の女性を忘れていく。そして極めつけは「もう僕は戻れない」と手紙を送ることであり、それに対してかけがえのない恋を失った女性は最後のお願いをする。「涙拭く木綿のハンカチーフください」というものであった。

 この歌を聞いていて筆者が思ったことは、その男性はたとえ故郷の女性を捨てたにしても、「涙拭く木綿のハンカチーフ」を送った事実だけは永遠に忘れはしないだろう、というものであった。

 このことを知人の若き女性に話したところ「ケッ、くだらねえ」とばかりにいなされてしまった。全くロマンチックではない打算的な目をして、その女性はこう言い放ったのだ。「別れた男のものは全部捨てる。もらったプレゼントは誰かにあげてしまう。1つの思い出も残したくない」。あああ、これほどまでに女性と男性は違うのだ。と深く考え込んでしまった。

世界No.1クラスのメモリー工場「東芝四日市」の名前が消える!!
世界No.1クラスのメモリー工場
「東芝四日市」の名前が消える!!
 それはともかく、株式上場を控えている東芝メモリが新会社の名前を「キオクシア」と付けたことに対し、多くの人たちが「なんとつまらない名前なのだ」と言っている。メモリとはつまり記憶のことであり、それをこねくり回して作った社名であろうが、日本流に言わせていただければ粋でないのだ。洒落にもならない。どうにもセンスのないことだけが引き立つ、と言ってもいいだろう。筆者の考えでは、どうせなら「永遠の記憶=Eternal Memory」、または「いつまでも覚えていて=Remember Forever」などと付けた方がまだよいだろう。それじゃあ洒落にならないならば「東芝メモ子さん」とでも命名した方がよっぽどマシではないか、とさえ思うのだ。

 日本でもっとも古い電機の企業である東芝は、1875(明治8)年7月に創業し、144年の歳月を戦ってきた。電話や通信機で名を上げ、白熱電灯で地歩を築き、後は重電の東芝、家電の東芝と言われ、最近では半導体の東芝と言われてきた。昨今の経営クライシスのために、ブランドイメージは少し落ちたかもしれないが、世界にその名を知られる名門であることは間違いない。

 ああそれなのに、東芝という名前を捨てて「キオクシア」というわけのわからない名前に変えることの意味はどこにあるのか。もしかしたら色んな出資者たちがチャチャを入れて、この名前が良いとしたのかもしれない。それにしても社名というものは難しい。

 世界最大のタイヤメーカーである100年企業のブリヂストンは、英語で書けばBridge Stoneということになるが、これは創業家の石橋正二郎の名前をもじったものだ。石橋を逆にすればBridge Stoneになるわけであり、考えてみればくだらないが、世界には通用してしまういい社名なのだ。そしてまた同じく、100年企業のサントリーという社名も同じように他愛ないものだ。創業者は鳥井信治郎という人であり、社員たちは鳥井さんと呼んでいた。初めの社名は寿屋であったが、当時発表していた赤玉ポートワインの赤玉を太陽に見立てて「サン」とし、これに「鳥井」の姓をつけてサントリーとしたのだ。しかして、意外とこのサントリーという名前は海外にも通じる響きを持っている。

 マジ言っちゃってぇ、「キオクシア」は本当に世界に通じるイメージの良い名前なのかしらん、と切に考え込んでしまうのである。
(企業100年計画ニュースより転載)


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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