NHKの大河ドラマ『いだてん』は出色の出来である。視聴率が全然ダメ、と聞いているが考えられないことだ。宮藤官九郎の脚本はすばらしいし、「純粋バカ」を演じる中村勘九郎も超かわいい。何よりも講道館柔道の創始者である嘉納治五郎を演じる役所広司がいい。
講道館といえば、その昔映画やドラマになった「姿三四郎」に夢中になったことがある。世界の巨匠、黒澤明の記念すべき第一作が『姿三四郎』であった。太平洋戦争時に作られた映画であるが、超ヒット作となった。姿三四郎は講道館の四天王の1人であった西郷四郎がモデルであるが、その得意技が「山嵐」である。
筆者はこれでも中学、高校の頃には柔道にのめりこんだことがある。町道場にも通い、姿三四郎を夢見ていた時がある。いつの時の稽古であったか、自分の得意技である内股をかけたがうまくかからず、相手ごとふっ飛んでしまった。黒帯五段の先生はそれを見て「見事! 今の技こそ山嵐だ。泉谷くん、この必殺技をどこで覚えたのかね」と言われ、ひたすら苦笑いしていたことを覚えている。実際のところ、山嵐という技は知らず、ただ内股をかけそこなっただけであり、後からこの技はあまりに危険なので現在は禁じられているのを知った。
それはともかく、嘉納治五郎の努力もあって柔道は今や世界のものとなり、オリンピックの花形競技ともなっている。1964年の東京オリンピックでは神永昭夫 五段が得意の体落しをかけることができずに、アントン・ヘーシンクの支え釣り込み足にやられまくり、最後は固め技で破れ、涙の銀メダルになってしまった。威信をかけた東京オリンピックの無差別級で金メダルを逸したわけであるが、記者団の質問に対し、当時の講道館のトップ、三船久蔵 十段はこう言い放った。「これでいい。これで柔道は世界のものになった」
この三船十段の得意技が「空気投げ」、正式には「隅落し」というものである。組んでいて相手が技をしかけてきたときに、どういうわけか(何もしないのに)、相手は(わけもわからず)投げられているという技である。三船本人が考案した技であるが、筆者は何回やっても、この空気投げは会得できなかった。要するに、相手の力を利用して逆らわずに組んでいるうちに相手が自分から転んでしまう、といった感じである。
東芝には黄金技の半導体がある!!
(SEAJ新年会で挨拶する
東芝メモリの成毛社長)
力で押し切るのでなく、相手の力をフル活用して流れを作る。その時に生じるわずかな相手のスキを見て勝機につなげる。何もこれは柔道だけのことではない。日本企業の戦略もまたこの「空気投げ」によく似ており、力で押してくる欧米勢に対し流れを利用した技術力で勝っていった。とりわけ100年企業といわれる電機メーカーには黄金必殺技が必ずあるのだ。日立であればモーター、三菱電機であればエアコン、パナソニックであれば電池、シャープであれば液晶、東芝であれば半導体ということになろう。
そして、これらの老舗企業も何度となくピンチに立ったことがあるが、それを救ってくれたのはやはり最も得意とする製品であった。そこに回帰していけば必ず勝てるとの信念があり、苦しみ抜いた先には必ず流れに逆らわず「本業回帰」で乗り切ってきたのである。
(企業100年計画会報より転載)
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。