「MRAMに代表されるスピントロニクス技術は、ついにここまできたかとの感がある。バッテリーなしで動作するIoT向け不揮発性マイコンを世界で初めて開発し、実証してみせた。これで画期的な低消費電力を実現するAIチップのメーンストリームを取れるのではないかと考えている」
東北大学国際集積エレクトロニクス
研究開発センター長 遠藤哲郎氏
とつとつとしてこう語るのは、いまや世界の半導体アカデミズムの中で一身にスポットライトを浴びる男といわれる遠藤哲郎氏である。遠藤氏は世界初のフラッシュメモリーを作り上げたことで知られる舛岡富士雄氏の弟子であり、かつて東芝に在籍し3D-NANDフラッシュメモリーを世界で初めて開発した成果はつとに世に知られている。
そして画期的な次世代メモリーの本命ともいわれるMRAM開発においても実績を持ち、数多くの特許を保有している。現在は東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センターのセンター長として陣頭指揮を執っているのだ。
「すでにMRAMの分野においては、キャッシュアプリケーション向け128MビットSTT-MRAMを開発しており、世界最大容量および最高速度を実現している。STT-MRAMの各種開発は、半導体装置メーカーの大手である東京エレクトロンとの共同研究の成果となるものだ。また半導体テスターの世界最大手であるアドバンテストとの共同研究で、歩留まり率の向上と高性能化の実証、さらにはスイッチング電流測定技術も確立しており、これまた世界に誇る成果といってよいだろう」(遠藤氏)
何しろ東北大学の128MビットSTT-MRAMは、実に14ナノ秒の世界最高速の書き込みスピードを実現してしまった。世界のあらゆるところでMRAMの開発は進んでいるが、これにはアッと言わされたという人は少なくない。
またMRAMプロセスを応用して、電池を使うことなく、顔認証などの高度な演算ができるスピントロニクス不揮発性マイコンも開発してしまった。わずかな振動や室内の照明などで発電した超微量な電力で動くことはまさに驚きであり、消費電力は従来比で1000分の1に抑えられている。もちろん次世代の自動運転をターゲットとしているが、工場や医療分野のセンサーとしても充分に使えるものなのだ。
「このマイコンの開発は実に大きいことであるが、さらにMRAMを効率よく動かすためのGaN on Si電源の技術開発にも成功している。やはり周波数を上げるにはGaNが一番良いのであるが、なかなかMRAMスペックに合わせた電源制御技術は難しかった。しかして東北大学は総力を挙げてこれを実現に導いたわけであり、IoTを切り開く半導体の新時代が始まったのだという実感がある」(遠藤氏)
そしてまた、世界の大手半導体メーカーがこぞってMRAMを積み込んだシステムLSIの量産準備に入っており、いよいよ夢のスピントロニクス時代がやってきたといってよいだろう。
IoT時代にあってはAI、ロボット、センサーを中軸にした様々な技術革新が進むのであるが、常に求められていることは、低消費電力ということである。例えば、橋であるとか道路であるとか、もしくは農作地などにおいては、まともな電源がほとんど付けられない。微小電力で動く半導体でなければ、どうにもならない。このことを実現できる半導体プロセスはスピントロニクス不揮発性しかないのだ。それゆえに東北大学の果たす役割は大きい。我が国においても内閣府はSociety 5.0を推進しているが、このなかでも低消費電力はキーワードになっている。
「スピントロニクス+GaNという半導体は、125℃の高温にも耐えられることから、充分に車載向けに使えるわけだ。この後の研究としては、ハイブリッドタイプのパワー半導体、そして世界最速のDC/DCコンバーターなども視野に入っている。スピントロニクス半導体の開発において、東北大学は世界の先頭をこれからも切っていく。そして世界を巻き込むIoT革命に多大な貢献をしたいとの思いでいっぱいだ」(遠藤氏)
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。