世の中にはとんでもない開発をしている人が実は多くいる。その頂点がノーベル賞受賞者ということになるのであろうが、大阪大学にいるその人は、今や全世界が注目する研究者となりつつあるのだ。材料科学とセンサーを駆使して豊かなIoT・AI社会を実現するという、その理想は高い。「人の感情を可視化する脳波デバイスのスペシャリスト」とも言うべきその人の名は、関谷毅氏(大阪大学産業科学研究所教授)である。
「0.1マイクロボルトという超微細信号を発している脳波を、シンプルかつローコストで測れる技術はこれまでなかった。私が中心になって作り上げたシート型センサーシステムは柔らかいエレクトロニクス、または伸びるエレクトロニクスとも言われるもので、徹底的に薄い膜を印刷で作り上げていく」(関谷氏)
関谷氏が開発したシート型センサーは、現状でパッチ式脳波計、胎児心電&子宮筋電計、埋込み型医療機器、構造物ヘルスケアシステムなどの実装例を生み出している。とりわけパッチ式脳波計は、おでこにピタッと貼り付けるだけで、脳波の様々な状況が正確にキャッチできるという優れものだ。
これを製品化すべく大阪大学発ベンチャー「PGV」を2016年9月に立ち上げたが、これが大変なセンセーションを巻き起こしている。すでに三菱UFJキャピタル、SMBCベンチャーキャピタル、みずほキャピタルなどが相次いで出資をしており、資本金は2億1470万円まできているのだ。
「人間は言葉に出すだけの会話をしているのではない。実のところ、脳の中では1日4万回も自分と会話しているともいわれる。つまり、手軽に脳波を測ることができれば、様々なことが実現できる。健康長寿に向けての画期的な第一歩も踏み出せることになる。生体適合性を持つ導電ゲル電極を使い、1μmの薄膜回路を作り上げた。この脳波を常に計測することで、あらゆる病気を未然に防ぐことができる。また、これをベースにビッグデータを立ち上げれば、予防医学から老人介護までのシステムが驚くほど変わっていくのだ」(関谷氏)
ちなみに関谷氏は、このシート型センサーシステムは日本だからこそできたものだと強調する。すなわち世界一と言われる日本の高機能素材、そしてまた断トツの世界シェアを持つセンサー技術が生かされているのだ。メーン材料は世界No.1のフレキシブルプリント配線板メーカーである日本メクトロンのものを全面採用しているという。
このシート型センサーによって10年後の認知症を予測することができる。また、心の中に思う念力でロボットを動かすことができる。こうした脳神経科学を活用したビジネスは、今やブレインテックと呼ばれているが、2024年には世界市場が5兆円にもなるとも言われている。
日本は人類史上経験のない超少子高齢化社会に世界で一番初めに突入したわけであり、認知症対策は待ったなしだ。それゆえに、このソリューションをいち早くシート型センサーシステムで作り上げた関谷氏の業績は、まさにサプライズなことであり、日本発の技術が世界に発信されるという意義も大きいだろう。
「シートセンサーシステムは医療介護などの分野だけではなく、大面積にすれば大規模構造物のヘルスケアシステムにも使える。例えば橋梁、坑道などのコンクリートや金属の目に見えない劣化を検知し、インフラ維持のための長期常時監視を実現する。人による定期的な点検よりも確実であり、なおかつ圧倒的な省人化も図れる。すでに東京電力の地下、富山市の神通大橋などへ適用し、有用性の検証が進められている」(関谷氏)
半導体・液晶などのマーケットシェアについては、日本勢は必ずしも有利な戦いをしているとはいえない。しかして電子材料/部品については、日系企業が世界の約40%を握っているというデータもある。関谷教授の研究開発はまさにノーベル賞ものであるが、これを支える日本企業の実力というものをもう一度再認識する必要があるだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。