電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第312回

「がんばれ。そこから始まるんだ」という掛け声は泣ける


~ニッポンのモノづくりは町工場の命を賭けたスピリッツが下支え~

2018/11/22

 筆者は大のサウナ好きである。18歳のころから通い始めて、週に2回以上は必ず行く。タバコは吸うわ、酒は飲むわ、運動は大嫌い、という人間であるからして、これといった健康法はない。あえて言えばサウナによるストレス解消が唯一の健康対策なのかもしれない。

 マグロのように体を横たえて垢すりをしてもらうと超気持ちいい。毛穴の汚れをすべて落としたうえでサウナに入れば、それこそ滝のように汗が噴き出てくる。初めのうちは仕事のことや宇宙論、もしくは女性の身体学などを考えたりするが、そのうちにメチャメチャに暑くて思考停止状態になる。早くここから出て水風呂に入りたいという思いだけがある。

 水風呂で毛穴はキュンキュンと引き締まる。そこを出てしばらくは体を乾かすのであるが、毛穴は一斉に開き始めて頭がぼーっとしてくる。このとき快感とも言うべき至福の時が訪れる。「ああ、こんなに素晴らしい時間はない。サウナ万歳」と叫んでいる自分がそこにいる。

 開いたものが締まり、締まったものがまた開く、という反復を繰り返していると、もうこの世の中のことはどうでもいいと思ってしまう。この快楽を知らない人は不幸だとしか言いようがない。ついでに言えば、オリンピックの女子マラソンでゴールを切る時の顔のアップぐらい美しいものはない。筆者はなぜかすべての音声を消して、ひたすらにゴールに飛び込む女子選手の顔を見ては、「何とお美しい」と叫んでいるが、これまたサウナと同じような快感があるのだ。

 さて、横浜の東口にある港一望のサウナで休んでいた時のことである。サウナに風を送り込むという一種のイベントがあり、汗だくになってアルバイトの従業員がサウナ客に大きなタオルで熱風をあおり、汗の量を加速させる。30分以上も100℃もあるサウナルームでこの作業を繰り返すのだ。

 どういうわけか男の客たちは、ほとんどが少年と言っても良いアルバイトの子たちに親切であり、風をあおってもらうと仏さまに手を合わせるようにして頭を下げ、たいがいは心の中で「ありがとう」とつぶやく。そのくらいきつい仕事なのである。すべてが終わると汗だくになった少年に男たちはみな大きな拍手を送るのだ。なぜか胸がジーンとくる光景なのである。

 ある時、そのタオルを使って熱風送りをするアルバイトの少年があまりの暑さに倒れてしまった。ほんのしばらくは起き上がれない。多分新人なのであろう。その時に奥の方にいたサウナ客からこういう掛け声がかかった。
 
「がんばれ。そこから始まるんだ」

 その声を聴いて少年はよろよろと立ち上がり、また再び熱風を送り始める。そして何人かの客たちが小さい声で「がんばれよ」と少年に声を掛け始めた。この時筆者は涙があふれて仕方なかったが、幸いにしてサウナの中であるから、タオルで汗を拭くふりをしてこらえた。

 その翌日、九州のとある半導体製造装置の下請けをしている町工場とも言うべき企業を訪問した。装置に使う部品の研磨加工をしているところだが、そこでも同じ光景を見たのだ。ふらついて腰が入らず研磨作業がうまくいかない少年の工員さんが、とうとう手をついて倒れこんでしまった。その時、先輩社員はそれを助けようとはしなかった。そうしてこう言い放ったのだ。

 「なぜ自分がまともに磨くことができないかをよく考えろ。この悔しさを忘れるな。そこから始まるんだ」

 筆者はまたも「あああああ!!」と声を上げて泣きそうになったが、何とかこらえた。実はこうした姿を見るのは、これが初めてではない。若い頃に京浜工場地帯に数多くある町工場を多く訪ねたが、川崎でも鶴見でも蒲田でも大森でも、こうした光景はよく見かけたのだ。

東芝もまた銀座の一角に出来た町工場から始まったのだ(東芝創業者のからくり儀左衛門のモニュメント=久留米市)
東芝もまた銀座の一角に出来た
町工場から始まったのだ
(東芝創業者のからくり儀左衛門の
モニュメント=久留米市)
 ニッポンのモノづくりの基礎は、企業の90%を占める中小企業が支えている、と言っても過言ではない。そしてさらに下請け孫請けの町工場が多く存在する。そこで見られる光景はまさに命を賭けたモノづくりなのだ。指ひとつ腕ひとつの動きをおろそかにせず、真剣勝負で挑むモノづくりは、まさに日本の宝物だと言える。

 世界に冠たる日本の半導体製造装置業界もまた、命がけのスピリッツで戦う町工場の人たちが支えているのだと思えてならない。自分が使う道具に花子とか太郎とか名前をつけている工員さんがいる。自分が動かす機械にアラレちゃんとかサリーちゃんとか名前をつけているエンジニアがいる。「物を作ることは心を作ることだ」というある工場長の言葉が、今も耳について離れないのである。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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