ある種クレイジーとも呼ばれるあの絶叫男が仕掛けたことが大変な波紋を呼んでいる。そう、米国のトランプ大統領が巻き起こした「米中貿易戦争」は、対中貿易関税第2弾として8月23日に160億ドル分(約1兆7600億円)の中国からの輸入製品に25%の関税を課した。これで7月に発動した分と合わせると合計500億ドル分(約5兆5000億円)もの中国製品にバカ高い関税がかけられることになる。
これに対して中国も同規模の報復関税をかけるとしているが、中国政府の反応は鈍い。いや「大人の対応」といってよいほど静かである。実のところは脂汗が出るほどに参っているのだといってよいだろう。習近平国家主席も李克強首相も公の場でトランプ大統領を批判しようとはしない。
それはそうだろう。何しろこのことをきっかけに中国の国営企業の株式時価総額は、何と200兆円も吹っ飛んだからだ。すなわち、現在の時価総額は680兆円まで急落し、あろうことか日本企業の時価総額が690兆円であることから世界3位に転落する羽目となった。海外メディアの一部は「中国の一人転びで日本2位に躍進! ありえねえ!!」と書き始めた。
これだけのお金が一気に消えれば、中国企業の設備投資意欲は著しく減退する。また、雨あられの中国政府および地方政府の補助金ラッシュもシュリンクせざるを得ない。6月には、あれだけ膨大な補助金を出していた太陽電池にストップをかけた。中央政府は補助金ゼロを決め、地方政府も大幅にシュリンク。現在太陽電池で世界シェア80%を持つ中国のパワーは一気に失速し、2018年については前年比26%減になるとも言われ始めた。
2020年以降には半導体設備投資の50%は中国本土に集中するとの分析がなされていたが、これにも暗雲がかかり始めた。2018年についても2000億元(約3兆円)の投資ファンドが半導体分野に組まれていたが、今後の継続にも支障が出るかもしれない。ひたすら中国集中を打ち出していた半導体関連企業も少しく見直しを考えることもありうるだろう。
きっかけとなったのはZTEの違法行為に対して、米国政府が4月16日にすべての米国企業に対しZTEへの部品、ソフト、技術の提供を禁ずる命令を出したことだ。スマホなどの基幹部品を提供していたインテル、マイクロン、クアルコム、ブロードコムなどの企業からの調達を禁じ始めたのだ。これでZTEは経営破綻の危機に追い込まれた。とりわけZTEはクアルコムの半導体を60%も使っており、これがストップすればもう何も作れない。これだけの制裁を受けながら、国内取引を装ってまたイランにチップを流していた事実が分かり、米国政府は激怒したのだ。
幸いにしてZTE制裁はあわやのところでストップしたが、これが世界に与えた影響は大きい。中国の誇るIT企業も大きな弱点をさらけ出したわけであり、中国政府はとてもではないが米国に対して強気には出られなくなった。米国の半導体がなければ何も作れないとの恐怖感が拡大した。そして何よりも世界すべての国から中国弱体化の姿をはっきりと見られてしまったのだ。それにしても、トランプ大統領のやっていることの大義名分は「知財のタダ取りは許さない」にあるわけだから、中国政府ももっとも痛いところを突かれたわけだ。
今回の25%関税の第2弾には半導体、電子部品も含まれており、これまた中国にとっては大きな負のインパクトになる。もっとも米国においても半導体の60%は外国から輸入というかたちをとっているだけに、傷は大きいという笑えないジョークとなりつつある。
中国のファーウェイは
今やスマホでアップルをしのぐ勢いだが……
すでにインテルはサプライチェーンを変えることはできないとして、米国政府にクレームを出しているが、シリコンバレーの半導体企業も総じてトランプ大統領の「喧嘩」には冷ややかであり、本音はみな早くやめてほしいと思っているようだ。それにしても、今回の出来事で「やはり世界のハイテクは半導体が動かしている」という事実を世界の人々が認識したことだろう。言い方を変えれば、半導体を制することができなければ世界から取り残されるということであり、我が国ニッポンもこれをはっきりと認識し、次世代の大型国家プロジェクトを一刻も早くスタートさせるべきだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。