電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第294回

「100年経ったら勝負しようじゃないか」という啖呵


~常に最先端を戦い、しかも長寿のIBMに学ぶところは大きい~

2018/7/20

 「10年や20年の繁栄などはすぐにも築けることだ。しかして、本当の勝負は100年経ってみなきゃ分からない。それだけの気の遠くなるような時間を経ても、なお最先端で戦い、しかも長寿であるのが本当の企業ではないのか」

 これは日本を代表する重化学工業大手の社長が机を叩いて言い放った言葉ではある。筆者はこの方の言い分はもっともだと思いながらも、一方であなたは100年後の状況を把握することはできないではないか、と心の中でつぶやいていた。さようまことに圧倒的多数の人は100年後の未来を見ることができない。

 1901年のことであるが、九州の小倉で八幡製鉄所の高炉に火が灯り、東洋一の製鉄所として長く君臨する。この竣工式には伊藤博文も駆けつけて、全員でお祝いをした記念写真が今も残っている。この八幡製鉄所こそが117年間を戦い抜いた今日の新日鐵住金である。

 実のところは、東洋一どころか世界一を目指すというシュプレヒコールもされていた。しかしながら、八幡製鉄所の後身である新日鐵住金が2006年に鉄鋼メーカーとして時価総額世界一になる姿を、竣工当時に万歳を叫んだ人たちは誰一人として見ることができなかった。

 これが日本に数多く存在する100年企業の基本哲学なのかもしれない。自分が生きている時に繁栄を築くのではなく、その後の世代になってから花が開くことを願い頑張る、という伝統的な日本人の考え方は、ひたすらに「現生の利益」だけを追う最近の企業は理解できないだろう。「今さえ良ければいい」という刹那主義が世界を覆っていることにはある種の憂いを感じざるを得ない。

 さて、わが国ニッポンには100年企業が3万社以上あると言われ、企業の長寿国としてダントツ世界一となっている。しかし、外国においても堂々たる100年企業は多く存在する。フィンランドのノキアは当初製紙会社であったが、携帯電話で一世を風靡した100年企業として記憶に刻まれるだろう。ダウ・ケミカルと合併したデュポンもまた化学の世界を常にリードしてきた100年企業である。そしてまた、ITの世界を常に先頭に立って引っ張ってきたあの企業、IBMもまた100年以上の歴史を刻み、今も最前線で活躍している。

 IBMは半導体の分野においても多くの技術革新をやってきた。筆者の記憶にある画期的な開発は、何と言っても1997年9月の新しい半導体製造プロセス「CMOS7S」である。このテクノロジーは金属層の電気抵抗を減らすため、業界で初めて従来のアルミではなく、銅を採用していることで、世界の半導体業界の注目を一手に集めることになる。銅は電気伝導体として優れていながら、半導体の製造に採用することは難しいとされてきた。このため、30年以上もアルミが採用されてきた。銅の使用により半導体の電気特性は一気に向上し、目覚ましいパフォーマンス向上が実現した。もちろん、現在の半導体プロセスはほとんどが銅配線になっている。

IBMの銅配線は今日まで続く一大技術革新(日本半導体50年史より)
IBMの銅配線は今日まで続く一大技術革新
(日本半導体50年史より)
 IBMは半導体分野において、このほかにもSOI(シリコンオンインシュレーター)というこれまた画期的なデバイス開発にも成功している。最終的な電子機器の分野で言えば、何と言ってもメーンフレームと呼ばれる大型コンピューターで常に先頭を走ってきた。その後、ダウンサイジングに成功し、PC(パソコン)の商業化に成功するが、残念ながらこの分野では世界の頂点に立つことはできなかった。

 そしてIoT時代を迎えた今日にあって、IBMはまたも世界をあっと言わせたのだ。すなわち、世界初の商業化に成功した人工知能(AI)「ワトソン」の誕生である。100年間を戦い抜いてなお、IoTを切り開く製品開発に命をかけるIBMの姿はある種、尊敬に値するだろう。

 「100年経ったらアマゾンもグーグルもバイドゥも皆、ほとんど企業そのものが消滅していることは十分に考えられる。グーグルの歴史は1995年にスタンフォード大学で始まったものであり、まだ23年しか経っていない。それほど新しい企業であり、あっという間に世界を席巻したが、はてさていつまで持つものか。そのくらい時代の変化は一気加速している」

 こう語るのは、著名な証券アナリストの一人であるが、筆者もこの意見にうなずいてしまうところがある。さて、100年間を戦い抜く企業マインドを書きたいと思い、先頃筆者は『君はニッポン100年企業の底力を見たか!~最先端IoT時代を闘いしかも長寿のサプライズ』という本を上梓し、産業タイムズ社から発刊した。この機会に是非お読みいただければ幸いである。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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