電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第284回

巨大都市化した“横浜村”は時代の先端を走っていない


~新横浜ゾーンに半導体の集積はあるが、IoTへの開発戦略は希薄~

2018/5/11

 筆者は横浜生まれの横浜育ちであり、実家筋の本家は100年以上続く伊勢佐木町の蕎麦屋である。自分が横浜市民であることを誇りに思うのは、いつでもどこでも横浜市歌を歌詞の間違いなく大声で歌えることだ。実はこれは大変重要なことで、横浜市内の小学校を出た人ならば、横浜市歌を全員が正確に歌える。日本全国には多くの市歌があるが、横浜のように市民に定着した市歌は類例を見ないだろう。

 ちなみに、最近はニセ横浜市民がはびこっている。東京またはその他のエリアから移住してきた人たちが大量におり、ハマっ子を名乗るわけだが、筆者はこれを全く認めていない。横浜市歌を歌えない人間はハマっ子ではないと真に思っている。そしてまた、横浜スタジアムのDeNA対巨人戦でDeNAを応援しない輩は論外の人たちであり、フランチャイズを理解できない悲しい人たちだとも思っている。

 それはともかく、横浜市は今や人口370万人を超えてきており、東京に次ぐNo.2の巨大都市として君臨しているように思える。何しろ西の要である大阪市が270万人であるからして、大差をつけて人口増がさらに続いている。横浜の観光スポットも土日になればとんでもない数の人たちが訪れて賑わっている。

横浜の大桟橋をイチャつきながら歩くカップル
横浜の大桟橋をイチャつきながら歩くカップル
 筆者が好きなのは、比較的訪れる人の少ない大桟橋の突端を歩いているカップルの愛しげな様子を見ることだ。決してノゾキをしているわけではないが、赤灯台や白灯台を見ながら愛を語り合う姿を見るのは微笑ましい。ちなみに、鎌倉にデートするカップルは別れるケースが多く、横浜にデートするカップルはハッピーロードを歩むことが多いとさえいわれているのだ。

 さて、人口的にはひたすら増殖を続ける横浜市ではあるが、最先端開発の街であるかというと、とてもそうは思えない。確かに新横浜駅前には今をときめく有力半導体メーカー、ロームの首都圏の拠点があり、ファブレス半導体新鋭企業のソシオネクスト、CAD大手の日本ケイデンスなどが拠点を構えている。そしてまた半導体装置販売大手のイノテック、半導体商社大手のマクニカ、回路設計ソフト大手の図研、さらには富士通、ARM、HOYAなどもあり、おそらくは二十数社を超える半導体関連企業の集積があり、ひところは「新横浜シリコンバレー」などと大見得を切った時期もあった。

 ところが、である。最近では新横浜に進出するIT企業、半導体企業は実に少なくなってきている。京都まで直結で2時間というロケーションの良さ、東京まで15分ちょっとという利便性がありながらも、なかなか最先端ITの集積が進まないのだ。それどころか最近ではみなとみらい地区に集積するケースが多く、筆者もついこの間、半導体テスター世界最大手のテラダインの日本法人に取材に行ったところである。

 九州シリコンアイランドが各県の総力を挙げて半導体の集積を図っていることに対し、かつては京浜工業地帯の中核であり、最先端技術の集積地であった横浜がはっきりとIoT時代を迎えて後れを取っていることは間違いない。

 大体が神奈川県や横浜市の役人に会っても、LSIという言葉すら知らない人たちが多いことには驚くばかりだ。確かに肥大化する郊外エリアの社会インフラに膨大な予算をつぎ込まなければならず、なかなか科学技術の方に予算が回らないことはよくわかる。しかしながら、世界に開かれた東洋一の港であったかつての横浜を考えれば、最先端企業誘致および最先端モノづくりの復活を掲げない行政マンの責任は重いと思えてならない。

 横浜市歌は明治の文豪、森鴎外の作詞であるが、その一節にはこうあるのだ。「むかし思えば、とま屋の煙、ちらりほらりと立てりしところ」。こう謳われた横浜村は150年前には何と戸数100、人口わずか900人の寒村であったのだ。今日にあって370万人の巨大都市になったことは驚き以外の何物でもない。しかして、10~20年先を見据えたIoTの戦略が見えてこない横浜の現状はいかがなものか、と思っているのは筆者ばかりではあるまい。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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