NVIDIAプロセッサーの
Xavierを搭載したDRIVE PX
画像処理半導体(GPU)においては、米国のエヌビディア社の技術が今や圧倒的ともいうべき勢いで、世界の支持を集めている。同社は生産設備を持たないファブレスメーカーながら、売り上げは約7000億円に達している。もともとはスマホなどに使われるシングルチップのプロセッサーを作っているに過ぎなかったのだが、画像処理などビジュアル系においては世界チャンピオンとして君臨している。
最大の強みは、画像認識速度の驚異的な速さで、2017年10月には何と毎秒320兆回を超える演算処理が可能な最新の車載向けAIコンピューターを発表した。このニュースが出た時、国内の多くのライバル企業から驚きの声が出たのは当然だが、もうエヌビディアに対抗するのは無理だ、と諦めの声も聞かれたほどだ。また、エヌビディアは自動車部品業界で最大のティア1企業であるドイツのボッシュとAIおよび自動運転技術開発で提携したことも注目ポイントだ。
実際、GPUは東芝やソニーも手がけているが、残念ながらエヌビディアと対等に闘うのは難しい。唯一対抗できるとすれば、ルネサス エレクトロニクスになるだろう。ルネサスは長く産業革新機構の支援を受けてきたが、ここに来て業績が急回復している。売り上げは7000億円を突破、2期連続黒字を達成、利益率も高まっており、5年で営業利益20%超えを目指している。17年には買収価格3000億円以上で米国のインターシル社を買収して子会社化した。さらにアナログメーカーの米マキシム社の買収に向けて動いているとの情報もある。一時は破綻の危機にあったことを思えば、不死鳥のような復活劇といっていいだろう。
自動車内は高温になるのだが、ルネサスの半導体は高耐熱、高耐圧での信頼性が極めて高い。すでにトヨタ向けに演算処理する認識用プロセッサーの供給が決定。トヨタによる自動運転技術をサポートする半導体で、トヨタが開発中の初期の自動運転車にはすべてルネサス製のプロセッサーが採用される。ルネサスの車載用SOC「R-Car H3」はエコカー、自動走行、コネクテッドカーすべてに対応しており、マーケットシェアは47%に及んでいる。
また、自動運転ではセンサーが捉えた情報を元にアクセルやハンドル、ブレーキ制御などを行うのだが、この制御部分に使われる半導体の世界最大手はエヌビディアで、インテル、クアルコムと続くが、それに迫っているのがルネサスだ。トヨタはエヌビディアとも共同開発を進めているが、ルネサス製の採用も決まっている。ここで実績を出せば、今後は世界から注文が来ることも期待できる。さらに、ルネサスはフラッシュメモリーを内蔵したマイコンを開発中。これもEVとPHVのモーター制御に使われるもので、20年に市場投入を目指している。
ルネサスという半導体企業は車載マイコンのイメージが強いが、今後は自動運転、ADAS向け画像処理や制御系半導体も大きな柱になるだろう。特にEV向け半導体では、中国メーカー向けの拡販を目指す方針を強く打ち出している。同社の現社長である呉文精氏は台湾出身で、日本電産からルネサスに移った人物である。言うまでもなく、中国市場を相当意識していると見ていいだろう。
中国と言えば、IT企業「百度(バイドゥ)」もADASや自動運転技術に触手を伸ばしているようだ。バイドゥは中国国内インターネット検索の最大手だが、17年4月に自動運転技術の開発連合を作り、その名も「アポロ計画」を発表。自動車メーカーと共同で、自動運転技術の開発を急ピッチで進めている。同年6月にはドイツのボッシュとも提携。7月には米国フォード、エヌビディア、インテル、ドイツのダイムラーまでがアポロ計画に参画を表明した。
バイドゥは、17年12月には携帯電話大手のファーウェイともAI分野で連携することを発表した。さらには、動画配信の子会社の株式を上場し、上場益を開発投資に充てる予定だという。この子会社の市場価値は1兆円とも言われており、これが実現すれば同社は多額の上場益を手にする。かなり大きな投資が可能になり、アポロ計画の推進にいっそう弾みがつくことになる。日本にとっては脅威となるだけに、今後の動きは要注意だ。
■
泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。