韓国ソウルで講演する機会に恵まれ、羽田空港で便待ちし、ぼぉーっとテレビを観ていた。2018年3月14日のことである。テレビはひたすら北朝鮮と米国の話し合い開始の可能性について報じていた。こちらも韓国に行くのであるから、あの北朝鮮の太っちょが暴挙に出ることはひたすら恐れており、「何とかうまく行けばいいのにね」と報道に見入っていた。
空港で見ていたテレビは残念ながら、そして当然のことながら韓国LGの製品である。テレビの下には自信ありげな広告コピーがあり、「すべての有機ELテレビはLGから始まる」としてあった。日本の空港もみんなLGにやられちゃってるのね、と思いながらあちこちを歩いてみて、どこへ行ってもLGのテレビばかりで目がクラクラしたが、ようやくわずかに数台だけシャープのアクオスを見つけ、ほっとした思いであった。
しかして、親しいアナリストから電話をもらい最近のIT情勢の変化、つまりは行き詰まりを議論していたが、かなりのインパクトある情報をそのアナリストからもらった。それは次のようなものである。
「ついにというべきか、やはりというべきか、プレミアム有機ELテレビの分野でソニーは2017年に世界の頂点に立ったんだよ。シェアは断トツの44%。これまでトップに君臨していたLGは2位(シェア31%)に後退した。もちろんサムスンはさらに下位にいる。サプライズなことは2016年のソニーのシェアは0%であった。たった1年でトップに立った。わおーんと叫びたい気持ちだよ」
筆者はこのアナリストの興奮する談話を聞きながら、2つの感慨が胸をよぎった。かつてアナログのトリニトロン時代に世界トップに君臨したソニーが失楽園に向かい、ハイエンドの有機ELに限ってのことであるが、再び王座に返り咲いたことは確かに喜ぶべきことであろう。多分、20年ぶりのことではないのか。ただ、有機ELに移行しても、もはやテレビの世界はおいしい分野ではないな、との思いも同時にあったのだ。
テレビマーケットはこの6年間ほぼ止まったままである。おそらくは2億3000万台前後をウロウロするだけで全く伸びていない。部屋の中で寝ごろびながらスマホでテレビを観ている人がいっぱいいるという現実があるのだ。筆者の知っている若い女性たちのかなりが、「テレビは買わない。スマホで観れば充分。お金もったいないし」と言っていた。テレビを囲む家族の団らんは過去の光景になりつつある。
ITの代表格の1つであるテレビが止まったばかりではない。期待を集めたタブレットは2014年に2億3000万台まで行ったが、その後は一気に凋落して2018年は1億5000万台まで落ちると言われている。もはやタブレットも「ちっともカッコよくない」時代になったのだ。パソコンは2010年にピークの4億台まで行ったが、その後急降下し、2018年は2億5000万台を切るだろう。そして今やITの主役となっているスマホについても、2017年はついに3~4%のマイナス成長となり15億台で止まってしまった。
こうした現象が「IT時代の終焉」と言われる由縁である。その最大の理由は、いずれのIT製品も限界成長率を超えてしまったことにある。つまりは、IT製品を購入できる収入のある人にはもう世界すべてでほとんど行き渡ってしまったのだ。もちろん、インド、アフリカなどまだまだ将来的にポテンシャルのある地域はあるが、それでも買い替え需要が中心になるため、これまでのような高い成長率は無理だろう。
そう考えてみた時に、ソニーがプレミアム有機ELテレビで世界チャンピオンに返り咲いたのは素晴らしいことであるが、ディスプレー産業自体がITに支えられてのものであっただけに、先行きはまず明るくないと言わざるを得ない。半導体がIoT時代を迎えて、データセンター、次世代自動車、ロボット、AI、そして生産工場など、あらゆる社会インフラに新アプリを切り開き、今後もすさまじい成長を予想されるのに対して、ディスプレーは強烈に引っ張るアプリが今後見つからないのだ。
中国の液晶に対する3兆円の巨大投資、サムスン、LGの有機ELに対する巨大投資が華やかに報道されているが、筆者のこれを観る目は冷たい。最終アプリがサチっているのに、どのような手練手管を使っても市場の活気を呼び込むことはできないからだ。
ソニーがあくまでもテレビにこだわる理由だけはわかる。ソニーの黄金時代はトランジスタラジオ、ウォークマン、ハンディカム、そしてプレイステーションが作っていったが、やはり世界ブランドに跳躍したのは「トリニトロンカラーテレビ」であり、再びの世界ステージを目指すのであれば、まずは有機ELテレビで抜け出そうとするのは当然だろう(もっとも、使っている有機ELパネルはLG製だが)。
筆者はそれよりも、有機ELの次に来るというマイクロクリスタルLEDディスプレーの方がよっぽど関心がある。何しろ、ソニーはこの新型ディスプレーの世界初の量産に成功しており、旗艦工場ともいうべき鹿児島に設備増強を一気に進めている。このことが、いずれ世界のディスプレー需要を変えてしまう出来事になると祈っている。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。