「日本のお家芸ともいうべきセンサ―を使ったIoTは、ひたすら3次産業に向かっているように思う。しかして、この技術革命ともいうべき出来事は、1次産業にこそ普及させるべきなのだ。すなわち世界の農林水産を抜本から変える運動論が求められている」
力のある目線で、しかもしっかりとした口調でこう語るのは、日本国政府の肝いりともいうべき組織、一般社団法人スーパーセンシングフォーラムの代表理事を務める中川聰氏である。中川氏はプロダクトデザイナーとして世界的に著名な方であり、東京大学の工学系大学院では特任教授の任にもあるのだ。
「すでに私たちは茨城あたりにたくさんある無人駅にものすごく美しいデザインを施し、スマートな機能を持つステーションに作り替えようとしている。この駅から農業や林業などを加速する様々な情報発信を行うのだ。電源もできるだけ近くからとって、ジャパンディスプレイの透明ディスプレーを配置する考えだ」(中川氏)
中川氏率いるスーパーセンシングフォーラムは、現状で100人を超えるメンバーが参加している。センサーの出口を徹底的に洗い出すという考え方に賛同する人たちが多い。エレクトロニクス企業では、日立製作所、ルネサス エレクトロニクス、旭化成エレクトロニクス、NEC、ジャパンディスプレイなどから意欲を持って取り組む人たちが集まっているのだ。
2017年末に開催されたスーパーセンシングフォーラムの集会(左端が中川氏)
2017年12月に開催されたニューヨークの国際デザイン会議では、旭化成エレクトロニクスが微電力を大電力に変えるボルテージブースターを発表し、聴衆を驚かせた。また、車載マイコンで世界一のルネサスは、MCUの農業など1次産業における新たな可能性を追求しており、この報告も大きな関心を集めたという。
「リバープロジェクトという面白い企画も進めている。貝にセンサーを付けて水の中から電気を取ることが可能であることが分かった。バイオセンサーを使って生物系から色んなものが取れる。水の中のバクテリアからも取れる。これがビジネスになれば爆発的なマーケットになるだろう」(中川氏)
このフォーラムの先頭に立つ東京大学の役割は重い。少なくともバリアフリーの技術に関しては、東京大学は間違いなく世界一なのだ。これにロボティクスやセンサーの技術が加われば、とんでもないことになると予想される。近々に本郷校舎の横にラボを作り、ウエアラブルメディアの研究に邁進することを決めている。
「スーパーセンシングフォーラムは、2018年で3年目の活動に入るが、いよいよ本格始動の時が来た。モノづくりに入るためにはセンシングキットを作らねばならない。また世界の情報を集めるという意味でも、米国、ヨーロッパ、さらにはアジアに拠点を設けていかなければならない。ニューヨークにある米国No.1のギャラリーを7年間借りることが決まった。ここに我々のコアとなるラボを作っていく。これはIoT時代の将来にかける夢の工房となるだろう」(中川)
周知のように、センサーにおける日本企業の世界シェアは50%を超えている。五感に優れ、きめの細かい日本人は、センシングという機能が実に優れているのだ。ただ重要なことは、センサーを開発し量産しているが、これを活用した新たなIoT社会を構築するという点では、まだまだ日本は後れを取っているのかもしれない。そしてまた、前記のニューヨークの国際会議においても日本人の聴衆は1人もいなかったのだ。ここに懸念がある。
「ニューヨークにおける日本企業は、この12年間ひたすら減り続けている。また日本人学生も減っている。東京大学は北京の拠点を撤退してしまった。つまりはグローバルな視点でものを考えることができない日本の現状は、かなり問題があるといえるのだ。それでも私たちは戦って、勝ってみせる」(中川氏)
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。