電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第267回

150年の時空を超えて薩摩人、長州人がまたも活躍している


~問題は明治維新、太平洋戦争に続く第3の危機を認識する機運の無さ~

2018/1/12

 筆者は横浜生まれの横浜育ちであるが、「井伊直弼を尊敬している」と言ってどれだけの人に引かれてしまったことだろう。とりわけ薩長土肥といわれる鹿児島県、山口県、高知県、佐賀県の人たちにとって、井伊直弼は「安政の大獄」で多くの憂国の士を虐殺したことで、虫けらのように嫌われているので、まさにこれは禁句であるが、つい言ってしまう。

 人口375万人の巨大都市に発展し、大阪、名古屋を凌いでしまった横浜は、井伊直弼の命により開港されたという事実は大きいのだ。筆者は、小学校の遠足では横浜港を見下ろす掃部山公園にある井伊直弼の銅像の前で手を合わせ、頭を垂れ、「開港の父であるあなたを決して忘れません」と先生たちと一緒に叫んでいた。ちなみに筆者の会社は東京・小伝馬町の近くにあるが、ここもまた井伊直弼の命により、かの吉田松陰が惨殺されたところなのだ。小伝馬町と聞いて眉を曇らす輩も、薩長土肥に組する人たちの中には数多い。

 それはさておき、2018(平成30)年は、明治維新から150年というメモリアルイヤーである。NHK大河ドラマでは『西郷どん』が放映されており、言うところの薩長土肥にあたる各県はみな一大キャンペーンを繰り広げようとしている。筆者は電子デバイス産業新聞の新年号から鹿児島県特集の連載企画を担当しており、ここのところ鹿児島に行く機会が多い。鹿児島人は一見してシャイでありおとなしいが、時々ギラっと目が光ることがあり、「ちぇすとー」と叫ばれて、薩摩示現流で一刀のもとに切り捨てられたらどうしよう、と思うこともあるのだ。

 鹿児島が生み出した維新の英傑は、テレビ、小説などでよく取り上げられる。江戸無血開城を断行した西郷隆盛、明治政府の行政的な基礎を作った大久保利通、日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を全滅させた東郷平八郎などをはじめとして、話題には事欠かない。

 戦後になって鹿児島人の名前をいやがうえにも高めたのは、京セラを創業した稲盛和夫氏である。盛和塾という私塾を全国に広め、その教えは日本の多くの経営者たちを魅了している。困難であったJALの再建もあっという間にやってのけた。かつての経営の神様はパナソニック創業者の松下幸之助であったが、今日にあって経営の神様と言えば、アメーバ経営を旗印にする稲盛氏に他ならないだろう。つまりは鹿児島県人である稲盛氏の教えが、今の日本の経営者達にかなり波及しているということだ。これぞ幕末における薩摩人の復活ともいえる出来事なのだ。

 一方、長州と言われた山口県も多くの偉人を生み出している。幕末維新の時に活躍した群像としては、吉田松陰、久坂玄瑞、高杉晋作、木戸孝允などがあり、明治政府になってからは伊藤博文、山縣有朋などが、日本の近代化を一気に立ち上げていく。長州人は終始一貫して尊王討幕であり、あの動乱期にあっても全くぶれることがなかった。そしてまた「とにかく理屈っぽく議論好き」という風があり、これは今日も続いている。

 そしてリーマンショック、東日本大震災でズタズタになり、株価は7000円台にまで落ち、「いよいよニッポンもお終いね」と世界の視線が冷たくなってきた時に、これを立て直した人物がいる。誰あろう、その人こそ山口県出身の安倍晋三首相である。アベノミクスなんてちっとも効果がない、とおっしゃる方はかなりいるが、このニッポンのクライシスを救ったという客観的な成果は否定できないところもある。ニッポンの危機が叫ばれたときにまたしても長州人が現れ、状況を一気に変えてしまったのだ。

 歴史は繰り返すというが、明治維新150周年の持つ意味は大きい。「和魂洋才」を掲げ、死に物狂いで欧米列強に立ち向かっていった150年前の人たちは今のニッポンをどう見ているのだろう。ニッポンの近代にあって、もっとも大きな出来事は明治維新であり、太平洋戦争の敗戦であった。こうした事態を乗り越えて今日のニッポンがある。

鹿児島に立つ西郷隆盛の像は今、何を語るのだろう
鹿児島に立つ西郷隆盛の像は今、
何を語るのだろう
 それでは今は第3の危機ともいえる状況なのであろうか。筆者が思うに一番問題であるのは「ニッポンの現状を全く危機的ととらえていない人たちがかなりいる」ということなのだ。数十年もたたないうちに我が国のGDPは世界ランキングで大幅に低下すると、数多くのメディアが指摘しているにもかかわらず、あまりにもまったりし過ぎなのだ。何としても国家の危機を救ってみせるという運動論がなかなか出てこない。居酒屋で、喫茶店で、はたまた街角でニッポンの危機を憂える若者たちが、口角泡を飛ばして議論する日がくれば、「明治維新再び」という機運が出てくるのであるが。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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