「少子高齢化を克服するためには子供たちの未来が明るい、という政策を徹底的にやる必要がある。受けられる教育についてはみんな平等、を実現しなければならない。そのうえで革命的な生産性向上を図れば、我が国ニッポンは再びの高度成長の軌道を描くことができる」
これは我が国のトップリーダーである内閣総理大臣、安倍晋三氏が口癖のように発言する言葉である。先の衆議院選挙で与党が3分の2以上の議席を獲得したことにより、さらにこの発言は具体化に向けてエスカレートしつつあるのだ。民進党分裂という敵失はあるものの、最も高い得票数を獲得したことも安倍首相の自信につながっているのだろう。
アベノミクス推進をうたい上げる安倍首相
(2017年4月/新宿御苑)
筆者はこの1年間で安倍首相に直接お目にかかる機会が2回ほどあった。1回目は4月、新宿御苑における観桜会であり、2回目は内外情勢調査会が主催する12月の全国懇談会(於帝国ホテル)であった。いつも感心することは、かなりの言葉でズバリと発言する方ではあるが、表情は常に柔らかく口調もまた穏やかなのだ。それでいて結構人の気持ちを掴んでしまうところもあり、とりわけ高齢のお姉さまたちには受けがよいのだ。
さて、安倍首相が繰り出す政策は一見して、かつては財界寄りのバリバリ保守の自民党にあって総裁の座にある人が語るものとはとても思えないことがある。「同一労働同一賃金」はかつて労働組合のトップが机を叩いて叫んだ言葉である。「徹底的な賃上げと長時間労働禁止」もまた左っぽい人たちが盛んに言っていた言葉なのだ。それを一国の首相が堂々と言い放ってひるむところがない。
よくよく聞いてみれば、同一労働同一賃金の果たす意義は正規/不正規労働の垣根を無くすことであり、どれだけ働いたかではなく成果で評価するという「働き方改革」という概念に裏打ちされている。生涯現役で働くことも強く打ち出しているのだ。
安倍首相によれば、日本が抱える最大の課題はいつにかかって「少子高齢化克服」にあるというのだ。安心して子供を産み育てることができ、教育負担を徹底的に軽減すれば、女性たちは子供を産むことをためらわなくなる、と指摘する。このために2兆円を投じて高等教育の無償化、待機児童ゼロなどを断行していくという。確かに高校卒業の人と大学院卒業の人では生涯賃金において7600万円の差が生じている。貧しい家庭においては、大学進学率は非常に低く、年収1050万円を超える家庭においては、大学進学率は63%以上にもなるのだ。安倍首相は教育を受けることにおいての「平等」を達成しないことには、抜本的な少子化は解消されないと考えているのだろう。
一方で、革命的な生産性向上を図れば、少子高齢化による労働力不足を跳ね返すことができるとも示唆する。すなわちIoT革命を進め、AI、ロボット、ドローンなどを駆使した労働改革を行えば、日本の生産性は格段に向上するという。すでに農業において無人トラクター4台をセンサーでつなぎ、夜中にも働く体制はできあがっており、人手の問題なく生産性は上がるのだ。こうした生産性向上のために投資する企業については、法人税を25%まで軽減することを考えており、さらに踏み込んだ挑戦をすれば、20%まで下げることも議案に乗せるという。宮城県においては、ある中小企業が金型の製作にロボットを活用したところ、生産性が2倍になった例を挙げ、「ピンチをチャンスに変えろ」と檄を飛ばす。
つまりはIoTを駆使した農林水産業の改革、医療産業の改革、商業・サービスの改革、さらにはモノづくりの改革を進めれば、日本型モデルで画期的な生産性を実現できると考えているようだ。中小企業のロボット導入に対する設備投資を後押しするために、設備にかかる固定資産税ゼロも打ち出している。ちなみにロボット産業は日本企業が世界シェアの60%を持つため、IoT改革と同時に、日本の重要な国家産業“ロボット”を強烈に育成することにもなるのだ。
まことに長い低迷を経験した我が国ニッポンは、2017年に至ってGDP545兆円を達成し、97年の536兆円を超え、過去最高を記録する。有効求人倍率は全国平均で1倍以上を達成し、とりわけ地方における雇用が改善してきた。そうした結果だけを見れば、アベノミクスは成功モデルであったといえるのかもしれない。
「アベノミクスは来年も地方が主役」と高らかに宣言し、12月の全国懇談会のスピーチを締めくくったが、筆者は歪んだ目線で見る記者であるからして、結局は地方の票を獲得したいだけなのね、と小さくつぶやいた。とたんに安倍氏ファンのきれいな女性にきつくにらまれてしまった。
■
泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。