「日本のベンチャー開業率・廃業率は欧米と比較して著しく低い。また日本では世界をリードするような有力な技術ベンチャーが極めて少ない。また、各国のベンチャーキャピタル投資(GDP比)を見ても、日本は世界で25番目くらいにとどまっており、お話にならない。何としてもこの状況を変えなければならない」
眼をギョロリとさせはっきりとした口調でこう語るのは、京都にある高周波・アナログ半導体ビジネス研究会(略称・HAB研)理事長の南部修太郎氏である。南部氏はパナソニック半導体の出身であるが、日本の技術ベンチャーの振興を旗印に掲げ、2005年12月にHAB研を立ち上げた。もちろんこの創設に関わったのは熱く燃えているパナソニックの仲間たちであった。
日本が直面する課題は、ベンチャー立ち上げの不振ばかりではない。16年度の1人あたり名目GDPの国際ランキングを見れば、何と日本は22位にとどまっている。要するに労働生産性はメチャメチャ悪くてどうにもならないのだ。
00~05年にかけて一時的なベンチャーブームが来たものの、リスク免疫力の欠如、ブランド志向・安定志向による阻害、偽物の横行、マネーゲーム化などにより、その成果は大きく上がることはなかった。この時はいわばホリエモンの時代であった。ベンチャーに好ましい視線が注がれるどころか、ひたすら悪い印象を与えることが多かった。
こうした状況を勘案して、さすがの政府も動き出してはいる。日本経済再生本部は16年4月に「ベンチャーチャレンジ2020」を掲げ、ベンチャー企業へのVC投資額の対名目GDP比を22年までに倍増させると言い出したのだ。この比率は12~14年の平均で0.03%というものであり、少なくともこれを倍増することを打ち出した。ただ、これまでにも日本再興戦略でベンチャー開業率の引き上げなど様々なベンチャー振興策を図ってきたものの、惨憺たる結果に終わっており、今回も過剰な期待はかけられないとみる向きが多い。
「HAB研はこれまで先端技術セミナーの開催、新技術開発のオープンイノベーションWG活動、新規事業評価活動などを積み上げてきた。また、スピンオフ(カーブアウト)ベンチャーを戦略的に創出する活動にも注力してきた。ようやくここに来て着々と成果が上がってきている」(南部氏)
最近の例で言えば、(株)Eサーモジェンテックというベンチャーの創業・育成を支援している。この会社はフレキシブル構造の熱電発電モジュールを開発・販売するベンチャーであり、大阪大学に拠点があり、すでに70社超の引き合いをもらっているという。極薄のフレキシブル基板上に既存のBiTe系熱電素子を高速高密度実装し、従来のセラミック基板型に比べ約3倍の高い熱回収効率を上げることに成功した。熱電変換効率も従来比約2倍であり、半導体量産技術を活用することで低コスト化と高信頼性が可能になっている。
「2019年の創業予定で育成・支援中なのが(株)オートインスペクトである。同社の新規性は独自の可動焦点型ズームレンズ付きカメラで、複数枚のパイプ内画面像を取得し、それらの合焦点領域を切り出して、並列で高速画像処理し良否判別するパイプ内面傷の独自自動検査技術にある。従来のパイプ内面にファイバーカメラを挿入する方法に比べて格段に高速で低コストなのだ」
(南部氏)
この(株)オートインスペクトの新事業開発は北陸先端大学院大学と共に進行しているが、これまたパイプ業界から引き合いがかなりあるというのだ。鉄鋼パイプ、樹脂パイプなどいわゆるパイプ業界は年間3兆円のマーケットがあるが、驚くべきことにパイプ内面検査についてはすべて目視検査でやられているという。今回の独自技術開発のミソはステッピングモーターで制御できるズームレンズを開発したことにあり、実用化されればかなりの売り上げを持つベンチャーが誕生することになるだろう。
「HAB研は台湾との事業連携の推進活動も活発化させている。台湾のITRI(工業技術研究院)と連携して日本の中小企業、ベンチャーと台湾企業との各種の事業提携を支援しているのだ。また、アナログ技術ベンチャーファンドの運営も計画中だ。日本のベンチャー振興は海外に比べ相対的に低空飛行が続いているが、HAB研は負けない。これからも闘い続ける」(南部氏)
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。