電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第227回

村田製作所が挑む「メトロサーク」という難所


生産不良で収益悪化も増産姿勢変えず

2017/12/8

 2017年度上期(4~9月)決算で、半導体・電子部品メーカーの業績は総じて堅調なものであった。中国スマートフォン(スマホ)の回復が遅れていることで、一部で需要が低迷した分野もあったが、メモリーを筆頭に半導体は空前の好景気に沸いた。電子部品は中国スマホの調整を受けたが、Appleの新機種需要や車載・IoTといった新市場の台頭に支えられ、好決算が目立った。

 ただ、大手メーカーのなかで厳しい決算となった企業がある。村田製作所だ。17年度の営業利益予想を大幅に下方修正するなど、「村田らしくない」ともいえる内容だった。同社は今、新たに立ち上げた事業「メトロサーク」に苦しめられている。メトロサークに何が起こったのか。難所に挑む村田製作所を追った。

メトロサークとは?

 村田製作所は上期決算発表にあわせ、17年度通期予想の下方修正を発表している。期初計画では通期の営業利益予想を2260億円としていたが、これを今回1700億円へ大幅に引き下げている。修正要因は製品ミックスの悪化などいくつかあるが、最も大きな要因はメトロサークの生産不良によるものだ。

17年度はメトロサークの生産不良で営業利益予想を引き下げ
17年度はメトロサークの生産不良で
営業利益予想を引き下げ
 メトロサークはLCP(液晶ポリマー)を用いた樹脂多層基板で、村田が現在力を入れている事業の1つだ。数年前から事業として展開していたものの、供給先が特定の1社(Apple)に限られていたため、事業内容そのものがベールに包まれていた。しかし、複数顧客への展開が可能になったことで、16年ごろから「メトロサーク」の名前を発信し始めている。

 通常の多層基板は樹脂と銅箔、接着剤をビルドアップ工法によって製造するが、メトロサークは独自の積層技術と有機技術を組み合わせ、一括プレスによる製造を実現する。さらに、接着剤を用いておらず、これによって高周波特性の向上と耐腐食性の改善を図っている。LCPを用いた樹脂シートは1枚あたり10~50μmで、接着剤レスにより基板厚みの薄型化も実現している。

FPCとは異なり、曲げた状態を保持できるのがメトロサークの特徴
FPCとは異なり、曲げた状態を保持できるのが
メトロサークの特徴
 また、FPCと異なり、折り曲げた状態を保持できるため、コイルやコンデンサーなどの機能を印刷技術で付与できることもメトロサークの特徴だ。これにより、部品を実装する基板としてだけでなく、高周波特性を生かした伝送線としての役割も担えるほか、電池などをつけてシステム単体としても機能させられる。同社ではこうした特徴をもとに、メトロサークを「折り紙のような基板」と呼ぶ。ちなみに、メトロサークの名称は、複雑な「地下鉄網」から連想している。

効率化追求が裏目に

 この期待の新事業が今回、下方修正の要因となったのだ。具体的には11月から販売が開始されたAppleの10周年記念モデル「iPhone X」向けのメトロサークが大きな生産不良を起こしたとみられる。もともと、メトロサークはiPhone内のアンテナ伝送モジュールとして使われており、同軸ケーブルの置き換えとしての役割を担っていた。「X」では従来機種よりも採用点数が増えており、なかには非常に難易度の高いものも含まれている。

 同社はこうした難易度の高いものを受注していたが、効率化を追求すべく、広幅化(大判化)を推進した。しかし、これが裏目に出たもようだ。思うように歩留まりが上がらず、製造コストの大幅な上昇を招き、これが業績の下方修正につながった。

 足元では歩留まり問題は終息に向かいつつあるようだが、同社の17年度下期(17年10月~18年3月)の営業利益が従来の1180億円から704億円に下ぶれていることを考えれば、年明け以降も影響が残りそうだ。実際に、メトロサーク事業などを統括する代表取締役専務執行役員の中島規巨氏も17年7~9月期の決算説明会で「改善の見込みは来年度。本年度は厳しい状況が続く」とコメント。11月30日の会社説明会では、「歩留まりは90%台中盤で推移するが、立ち上げ遅れの影響はまだ残る」と進展は見せているものの、まだまだ十分な生産歩留まりに達していないことをうかがわせる。

生産能力増強を前倒し

 思いがけないかたちで落とし穴があったメトロサーク。しかし、同社はこれとは対照的に、メトロサークの大増産を打ち出しており、アクセルを緩める気は全くといってよいほどない。同社は21年をめどにメトロサークの年間売上高を1000億円(現状は500億円前後)にまで引き上げる中期計画を持っており、設備投資を積極的に展開していく考えだ。

 実際に、17年度設備投資金額を従来計画の1700億円から2600億円に引き上げ、メトロサークの生産能力増強を前倒しで実施する。従来、メトロサークの生産は富山村田製作所(富山市)、岡山村田製作所(岡山県瀬戸内市)、ハクイ村田製作所(石川県羽咋市)で生産していたが、これに新たに2拠点が加わる。

 ソニーが所有していた根上工場(石川県能美市)を取得したほか、(株)ワクラ村田製作所(石川県七尾市)でもメトロサーク増産のための新棟を建設する。根上工場は(株)金沢村田製作所能美工場として設立し、18年春から稼働を開始する。同工場はもともとソニーのラミネート基板製造工場であったが、14年から(株)ジェイデバイスがPLP(パネルレベルパッケージ)の量産工場として土地と建物を賃借して操業していた。しかし、ジェイデバイスが17年度内に同工場から撤退することから、村田製作所が取得することとなった。ワクラ村田製作所の新棟は、18年2月に着工、19年2月の稼働開始を予定する。これら一連の投資により、メトロサークの生産能力は現行の約3倍に引き上がると見られている。

明らかになったセカンドソースの存在

 しかし、今後に向けては不安材料も残る。今回、明らかになったのが競合メーカーの存在だ。従来、iPhone向けメトロサークの供給は村田製作所が独占的に行っていたが、今回の「X」では、ここに台湾FPCメーカー大手のCareer Technology/米Amphenolの連合軍も同じLCPベースのフレキ基板を供給する予定であったのだ。結果的にこのセカンドソースは生産が立ち上がらず、村田が一社供給の立場となったが、Appleのこれまでの戦略を見れば、これほどの重要部品の調達を分散化しないわけがない。

 さらに、今回のメトロサークの生産不良でAppleが村田の依存度を下げ、LCPベースフレキ基板の複数調達を加速する可能性もありそうだ。実際に「Careerのレーザー穴あけ装置の投資負担をAppleが行っている」(FPC関連企業)という話もある。

 よく理解しなければならないのが、村田はフレキ基板メーカーとしては後発だ。FPC分野には日本メクトロンや住友電工、フジクラなど数多くの企業が存在しており、村田に比べれば、製造工程における経験値は非常に豊富だ。彼らに「よくあんなに難しいものを受けた」と言わしめるほど、メトロサークの製造難易度は高い。今回の生産不良で多くの教訓を得たのは間違いないだろうが、今後も顧客から難題を突きつけられていくことになるだろう。

 さらに、基板業界はアジア圏のコスト競争に常に晒される分野。仮にそれがLCPベースという高付加価値品であっても例外ではない。今回の大増産が吉と出るのか、凶と出るのか。その答えはもう少しに先になってみないと分からなさそうだ。

電子デバイス産業新聞 副編集長 稲葉雅巳

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