有機ELの性能を凌駕すると期待されるマイクロLEDディスプレー。台湾は、この産業化に向けていち早く研究開発体制を整え、国を挙げた開発プログラムやコンソーシアム活動に全力を注いでいる。工業技術研究院(ITRI)で研究開発の中枢を担う方彦翔(Yen-Hsiang Fang)氏に現在の取り組みや今後のロードマップを聞いた。
―― ご略歴から。
方 2008年に国立台湾大学で博士号を取得し、同年9月にITRIに入社した。09~10年にエンジニアとしてHVPEでGaNウエハーを作製し、その上に波長450nmの青色LED、405nmのUV-LEDを形成する開発を手がけた。11~13年はMOCVDで6インチシリコンウエハー上のGaN結晶成長で低コストLEDと高出力パワーデバイスの開発に取り組み、絶縁破壊電圧1000Vを達成するなどの成果を上げ、ケンブリッジ大学にも共同研究で出向いた。13~17年4月にはPSSサファイアウエハーとnPSSサファイアウエハー上へのLED形成およびマイクロLEDの開発チームを率いた。
―― ITRIでのマイクロLEDの開発は。
方 ITRIでは09年から研究を開始し、私が13年からマネージャーとして開発を統括している。まず、14年に0.55インチで1984ppiの青色と緑色の単色発光パネルの開発に成功し、同年末にはRGBフルカラーで440ppiパネルの開発にも成功した。
15年に同じサイズのパネルで有機ELとマイクロLEDを作製して性能を比較したが、マイクロLEDの輝度は有機ELの10倍以上であることが実証できた。ちなみに、この時はマイクロLED用のドライバーICが存在しなかったため、両パネルともに既存の有機EL用ドライバーICを用いて評価したのだが、マイクロLEDの消費電力は有機ELの半分だった。
―― マイクロLEDを開発する国家プロジェクトがスタートしました。
方 17年4月~19年末を期間として、ITRI、ドライバーICを開発するマクロブロック、マイクロLEDベンチャーのPlayNitride、基板メーカーのユニマイクロンの4社で開始した。狙いは、マイクロLEDを用いたデジタルサイネージの実用化だ。ITRIはトランスファー技術を含めたプロセス開発を担当する。現在、新竹にあるITRIの中興キャンパスにパイロットラインの整備を進めている。
―― 開発ロードマップについて。
方 ユニマイクロンのプリント基板上にマイクロLEDアレイを直接形成する。17年末にフルカラーディスプレーのデモを行う。10cm角の基板上に800μmピッチ以下でLEDアレイを形成するつもりだ。
マイクロLEDのチップサイズについては細かくお答えできないが、一般的なミニLEDチップが125×225μmであるのに対し、プロジェクトでは半分以下のサイズを実現する。新竹のパイロットラインで18年6月までに試作と検証を行い、18年末までにマイクロLEDサイネージを量産に移行する計画だ。これが実現できれば、19年にはさらに厳しいスペックを狙うつもりだ。
―― 基板上にマイクロLEDチップをアレイ状に並べるプロセスは。
方 ピック&プレースを発展させたバッチトランスファー技術を用いる。RGBのLEDチップを色ごとにまとめて移載する技術だ。ちなみに、14年に開発した青色単色の0.55インチ1984ppiパネルでは54万チップ、フルカラーの440ppiパネルではRGB各色で1万チップの一括バッチトランスファーを実現している。
このバッチトランスファーを実現するため、LEDはサファイアウエハー上からレーザーリフトオフした薄膜チップ状で基板に実装する。LEDをパッケージせずにベアチップで直接実装すれば、パッケージするのに対して製造コストを3割削減できると試算している。また、チップの下部をエッチングでピラー状にしてピックアップしやすい形状に加工している。
―― コンソーシアムも結成していますね。
方 16年11月に装置~材料~LEDチップ~パッケージ~IC~基板~システムまでを横断するコンソーシアム「CIMS」を立ち上げた。現在ITRIを含めて35社が参加している。このうち2割が日本企業で、フォトレジストやパッケージ材料、発光材料、接合材料などのメーカーが入っている。システムメーカーは台湾大手企業が1社、海外大手企業が2~3社という構成になっている。
CIMSのミッションは、マイクロLEDターンキーソリューションの確立、そして早期の産業化だ。AR/VRをはじめノートPC用やスマートフォン用ディスプレーなど、全アプリケーション対象に次世代のマイクロLED基盤技術を共同で開発し、各社が意見交換しながら新たなビジネスチャンスを見出すことにある。
四半期ごとにITRIのIEK(産業経済情報研究センター)やLED Insideなどの専門家を招聘して川下のアプリケーション市場の最新動向を講演いただいたり、これをもとにマイクロLEDディスプレーのスペックを議論したりする機会を提供するほか、開発案件をITRIで試作するサービスも実施する。
―― CIMSでの開発テーマについて。
方 AR/VR用マイクロLEDディスプレーの開発に着手した。チップサイズなどの詳細は公表できないが、材料面に関しては日本企業と連携して量子ドット材料をフォトレジストに混ぜ、解像度を高めることを検討している。
また、マイクロLEDとセンサーを同一基板上に実装した機能モジュールも開発する。具体的には静脈認証モジュールを開発中だ。既存のモジュールは赤外LEDパッケージやイメージセンサー、レンズを基板上に実装したものだが、これにマイクロ赤外LEDチップを用いて基板、イメージセンサー、プレーナーレンズを積層すれば、既存モジュールに対してフットプリントを10分の1、高さを半分に小型化できる。
試作した結果、マイクロLEDを用いたモジュールは既存モジュールよりもSN比を向上でき、LEDの消費電力も下げることができた。現在は識別率が90%とまだ改善の余地があるため、ITRIでレンズと認証アルゴリズムの高性能化を進めている。
―― 11月3日にシンポジウムを開催しますね。
方 ITRIとCIMSの共催で台湾の台北マリオットホテルにて「2017マイクロLED国際シンポジウム」を開催する。6000ppiのマイクロLEDアレイを開発したVueREAL、高解像技術を持つVerLASE、VR用ガラス基板を持つコーニング、LEDの検査&リペア技術を手がける東レエンジニアリング、ナノレベル量子ドット材料を研究しているNSマテリアルズなどが講演する予定で、パネルディスカッションも行う。主にAR/VRをターゲットにした議論を行う予定で、日本からも多くの方にぜひ参加いただきたい。
―― 今後の抱負を。
方 マイクロLEDは有機ELに比べて10分の1の投資額で次世代ディスプレーを実現できるが、技術的なハードルが非常に高い。だが、半導体、ディスプレー、LED、精密機械と全産業にまたがるテーマであり、各産業を巻き込めれば大きな相乗効果を生み出し、強い産業をさらに強くできるはずだ。
ITRIでは、短期目標として2年以内にサイネージ、5年後にAR/VR用小型ディスプレーやノートPCなどの中型ディスプレーを実現したいと考えており、中型ディスプレーにおいては、マイクロLEDの量産を実現できれば、コスト面でも液晶に肩を並べることができると市場関係者が指摘している。とにもかくにも、いち早く産業化に結び付けることが重要であり、そのためには出口戦略、言い換えればシステムメーカーおよび海外企業の参画・協力が不可欠だ。一定の審査を経ていただくことにはなるが、国家プロジェクトおよびCIMSともに、日本のシステムメーカーおよび装置・材料メーカーのさらなる参画・協力を歓迎したい。
(聞き手・編集長 津村明宏)
(本紙2017年10月19日号1面 掲載)