「ついにこの日がやってきたのだ。日本におけるバブル絶頂の年である1989年当時には世界の半導体ランキングでトップ20にも入っていなかったサムスン電子が、インテルを抜いて世界の頂点に躍り出た。何という時代の変化なのだろう」
日本を代表する大手半導体製造装置メーカーの旧幹部と神田の居酒屋で飲んでいた折に、ため息をついて彼がつぶやいた言葉である。瞬間風速とはいえ、サムスン半導体部門の2017年4~6月期の売上高は、あの半導体の巨人インテルを超えてしまった。この勢いが続けば、17年通期においてもインテルを上回ると予測されている。パソコン向けCPUで世界を席巻したインテルが日本のNEC(現在のルネサス)を打ち破り、世界チャンピオンの座についたのが92年であったから、25年ぶり、つまりは四半世紀ぶりに世界チャンピオンが変わったことになる。
「すごいことだなあ」と思いながら、ニッポン半導体が世界シェアの50%強を占有し、頂点に立った89年の世界半導体生産ランキングベスト20(産業タイムズ社集計)を読み返してみた。何とサムスンは20位以内にも入っていない存在であった。この年のランキングでは世界1位がNEC、2位が東芝、3位が日立であり、要するに日本企業が金、銀、銅独占という状況であった。さらに6位には富士通、8位には三菱電機、9位には松下電器がおり、驚くべきことにベスト10のうち6社を日本勢が占めるという有様であったのだ。
しかして、90年に日本のバブルが崩壊した途端に、日本勢の勢いは急速に衰えていく。94年には世界半導体はPCブームで31.7%増と再び絶好調となり、初の1000億ドル台に突入した。この年からサムスン電子の存在感が増してくる。16M DRAMの本格量産体制を整え、前年度比56.2%増の50億ドルを達成した。そうして、雨あられの設備投資を開始するのである。
「サムスン電子の凄さは、3D-NANDフラッシュの好調で17年1~3月期の営業利益率が40%という驚異的な数字を叩き出したことだ。ちなみに同じ韓国勢のSKハイニックスも同時期に39%の営業利益率を記録しているんだ。今や世界のメモリー半導体の80%のシェアは韓国勢が握っているんだぜ」
くだんの装置メーカーOBはもはや目をうつろにして、手元にある酒の盃を見つめながら、うなるようにしてそう言ったのだ。韓国おそるべし、という風潮は半導体製造装置市場にも表れている。
先ごろSEMIは17年の半導体製造装置の世界総販売額が前年比19.8%増の494億ドルになると発表した。これは2000年の記録を破る過去最高の数字であり、18年にはさらに記録を更新し、同7.7%増の532億ドルになる見込みなのだ。重要な点は、地域別では韓国が同68.7%増で初めて首位となることだ。台湾は5年連続で首位であったが、17年は同4%増で2位、これに続く3位は同5.9%増の中国となる見通しだ。
さて、サムスン電子はここにきてさらに設備投資の手を緩めない。17年7月に1兆6000億円という巨額を投入して建設した平澤(ピョンテク)半導体工場から本格的な新製品の出荷を開始した。主に64層3D-NANDフラッシュメモリーを作る計画であり、17年末にはこの分野で世界シェア40%を突破し、東芝/WD連合に大差をつけていく考えだ。さらに加えて、半導体の生産能力拡大に向け約2兆円の投資を行うと発表している。平澤の拡張、および華城(ファソン)工場の増強、中国の西安工場拡張などを断行するのだ。
サムスン、SKなどの韓国半導体が昇り竜のように大活躍するシーンを見せつけられているが、筆者は約30年前に猛虎と化したニッポンの凄まじさも目撃し記事に書いてきた。驕る平家は久しからずの言葉どおりに、頂点を極めたものが、いずれ衰えていく姿を何回も見てきた。
はてさて、これから20年以上が経った時に、世界の頂点に立っているのはどの国のどこのメーカーなのだろう。IoT時代の到来で半導体カルチャーは大きく変化しており、現状でベスト20にも入っていないメーカーが躍進してくることは充分に考えられるのだ。栄枯盛衰が激しい半導体報道の世界にいると本当に疲れちゃう、と筆者もまたため息をついている。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。