「アベノミクス経済はいかにもうまくいっているようであるが、実のところ全く経済成長はしていない。最大の問題は所得創出のプロセスがうまくいっていないことだ。明確に認識しなければならないのは、日本の実質賃金指数は1997年に110近くまで行きピークとなったが、現在は95程度であり、要するに所得は増えていない。全く豊かになっていないのだ」
穏やかではあるが、かなり強い口調で日本経済の現状を語るこの人こそ、今や超有名人となってしまった三橋貴明氏((株)経世論研究所 所長)である。三橋氏は東京都立大学経済学部出身で、外資系IT企業、NEC、日本IBMなどを経て、2008年に中小企業診断士として独立した。07年に『本当はヤバイ!韓国経済』を執筆されたが、これが超ベストセラーとなった。現在、三橋氏のブログへの1日のアクセスユーザー数は12万人を超え、推定ユーザー数は36万人に達しているという。16年3月現在で人気ブログランキングの政治部門1位であり、総合ランキングでも1位という、とんでもない人気を誇る人でもある。
前記の談話は、筆者もご一緒させていただいた、ある講演会における発言である。三橋氏は世界全体が「グローバル化疲れ」しており、各国で保護主義が台頭し、英国のEU離脱、米国のトランプ政権誕生などの大きな流れを説明したうえで、日本は全くグローバル化されていないので、実のところこの疲れはないのだと断言するのだ。
「対内直接投資残高のGDP比率を見れば、シンガポールが断トツで283.2%、ついでイギリス63.3%、フランス39.5%となっており、何と日本は先進国の中でビリの3.7%しかないのだ。つまりは外国からの投資を受け入れない国なのだ。そしてまた主要国の移民人口比率を見れば、これまたシンガポールがトップで45.39%、ついでスイス、カナダ、スウェーデンと続いている。先進国を見れば、ドイツは14.87%、米国は14.49%、イギリスは13.2%となっており、我が国ニッポンはこの比率においても、先進国で最低の1.61%である。すなわち外国人を受け入れない国ニッポンなのだ」(三橋氏)
さらに加えて主要国の輸出および輸入の依存度を見てみても、ドイツと韓国は輸出依存度が42~43%とずばぬけて高く、トップ争いをしている。中国は22%強であり、イギリスも28%近くある。しかして日本は輸出依存度が14.67%しかない。すなわち、いかにも先端技術を輸出する国と言われがちであるが、本当のところはひたすら内需で生きるニッポンという姿が浮かび上がってくる。
それはともかく日本の名目GDPを見れば、現状で約530兆円であり、最近になってようやくリーマンショック前の水準になったとはいえ、ほとんど経済成長していないことは事実なのだ。これを突き抜けるためには消費増税をせず、緊縮財政をやらず、公共投資を拡大するのが一番良いことだと、かの三橋氏は力説する。ちなみに緊縮財政にカーブを切ったのは1997年当時の橋本内閣であった。ひたすら金融緩和で日本銀行の国債保有を増やし、デフレ脱出を狙い円安誘導を図ってきたが、やはりどうあってもこのままでは経済成長が描けないことは、もはや誰の目にも明らかなのかもしれない。そこで三橋氏が指摘することは、人口減少を逆手にとってこれを克服する「生産性向上」を図れば、日本は再び成長軌道に乗ると明確に言い切っている。
「今や日本の完全失業率は3.0を切ろうとしている。有効求人倍率に至っては1.43であり、業種を選ばなければ100%就職できるという水準にある。こうした雇用状況を見れば、もはや日本はバブル期を超える人不足になっている。少子高齢化は続くわけであり、今後20年間にわたりずっと人手不足が続くと思った方がよい」(三橋氏)
さて、そこで三橋氏がひたすら強調するのは、奇跡の経済成長を遂げた日本の戦後の約20年間のことだ。この間にひたすら、とてつもない「生産性の向上」をやったことにより、人手不足を補い、ミラクルとも言うべき成長を成し遂げたというのだ。1960年頃から80年頃までの日本経済の成長率は何と平均10%台を続けていたわけであり、はっきり言って中国、台湾、韓国などはこの頃の日本の爆裂的成長には及ばないと言ってよい。GDP世界第2位までのし上がった日本の成長エンジンは「生産性の向上」であり、人間から設備への置き換え、何でもこなせる多能工の育成、ハイエンドの技術に対する積極投資などを断行し、インフレ状況下における高度成長を遂げていった。
「これからの日本の行く道は、人口減少によるインフレギャップを生産性向上で克服することだ。人不足でも日本人の知恵と技術を活用すれば、必ずや経済成長は実現する。IoT時代の到来はまったくもって日本に追い風なのだ」(三橋氏)
すでに大阪府守口市のローソンは完全自動レジを実現しており、RFIDのセンサーを駆使し無人状態ですべての勘定を行っている。また、ある測量会社においては、ドローンを飛ばすことで15人分の作業をたった1人でやってのけることができるともいう。長距離ドライバーが超不足しているために、いよいよ運転手1人で4台分を動かす隊列走行も始まってくる。
IoT時代にあって主役となるセンサーで世界シェア50%を握り、もう一つの主役となるロボットにおいて世界シェア60%を占有する日本こそがIoTを味方につけ、再びの経済成長に力強く歩み出していくことは充分に可能なのだ。三橋氏の講演を聞きながら筆者はひたすらうなり続けた。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。