「IoTという新しいステージを迎え、日本に大きなチャンスが巡ってきている。いわば日本の感性、得意技が生かせる時代の到来である」
力強くこう語るのは東京エレクトロン(株)取締役相談役の東哲郎氏である。2017年3月3日に開催された熊本地震復興支援の「NEDIA Day九州くまもと」の講演の壇上における言葉であった。東氏は世界に冠たる半導体製造装置メーカー、東京エレクトロンを長くトップリーダーとして陣頭指揮してきた。筆者もたびたび取材させていただいたが、素晴らしい方という一言に尽きるのだ。
東氏によれば、2000年を境に半導体を巡る産業構造は大きく変化したという。2000年以前は言うところのWINTELが業界のリーダーであったが、2000年以降はこれがGoogle、Amazonなどのサービス/ネットワークプロバイダーに変わってきたのだ。半導体メーカーにおいてもファブレス、ファンドリーなどが一気に台頭し、国際分業の時代に入ってきた。半導体製造装置メーカーにおいても、装置のみではなくモジュールプロセスが台頭してくる。
「01~13年までの各分野別の営業利益の成長率を見れば、アプリケーションが12.3倍とずば抜けて高く、これにファブレスの9.6倍、システムの4.6倍が続いている。装置産業は順調に伸びてきたとはいうものの、3.2倍にとどまっている。もう一度、装置産業は高付加価値型にシフトしなければならない」(東氏)
つまりは製造装置産業においてもAI、ビッグデータ、ロボットなどを駆使したIoT生産革命が必要なのだと東氏は指摘するのだ。最先端からレガシーまで信頼性の高いデバイスを高歩留まり、低コストで作る技術の提供が今こそ求められている、と示唆する。言い換えればビッグデータ解析を活用したインテリジェントシステムで自律型生産、先進的プロセスコントロールを行う必要があるのだ。
さて一方で、東氏は今後の台風の目として中国の動きに注目する必要があるという。半導体前工程製造装置の地域別売上構成を見れば、05年に3%でしかなかった中国の売り上げは、15年には4倍の12%に引き上がった。これに対して日本は05年に25%もあったものが、15年にはほぼ半減の13%となってしまった。東京オリンピックが開催される20年段階の予想によれば、中国は一気に25%まで躍進し、これに対し、日本は10%にシュリンクするという。ちなみにこの段階でトップを占めるのは台湾で29%となっている。
「今後4年間で中国の半導体設備投資は急拡大する。中国の地場企業に加えてインテル、サムスンをはじめとするグローバル企業が中国のマーケットを狙いに一気に設備を拡充してくるから、現状で世界の17カ所の新工場のうち、10カ所が中国というサプライズな状況となっている」(東氏)
しかして半導体産業における日本の存在感がなくなってきているとはいえ、日本のモノづくりは相変わらず強いのが実状だ。日本は経済複雑性指標ランキングで15年連続世界トップとなっており、これはいかに多様なものを作っているかを測る指標なのだ。日本には多くの可能性が残されている。世界で最も多様な産業基盤を、他国並みに活かすことができれば、日本の1人あたりGDPは20万ドルを超えてくるという。
「日本には世界一多様な技術基盤がある。ここの技術をシステム発想でつなげていけば、誰にもできない製品を生み出すことができる。製造現場でIoT、AIを利用することが進めば、日本の製造の強みはさらに強化されよう」(東氏)
ちなみに東氏は、熊本で頑張る東京エレクトロン九州社長からのメッセージを最後に紹介した。それによれば、日本はあらゆる材料、パーツが簡単に揃う国であり、素晴らしい人材がたくさんいる国だという。そしてまた何かあった時に一致団結して、みんなで協力しあえる国だともいう。こんな国だからこそ素晴らしい装置が生まれていく、というのだ。
それにしても世界を狙うエネルギーと意志を持ち、決して妥協せず、世界を獲ることに再チャレンジするスピリッツがなければ、日本は今後シュリンクするばかりであるのは間違いないだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。