「航空機産業はサービス、空港などすべての関連を含めれば、世界で約500兆円のマーケットがあるだろう。機体だけでいえば200兆円程度と思われる。情けないことに我が国の航空機産業は世界シェアの2.5%しかない。このままでは乗り遅れる、との危機感を国民全体で共有したい」
こう語るのは、日本の航空機産業において有識者として知られるエスエムエル(株)代表の山下寛己氏である。山下氏はこう嘆いているが、政府も手をこまねいているわけではない。JAXAの予算については例年40億円程度しかつけられていないが、2016年度はほぼ倍増の80億円が投入されている。また防衛庁をはじめとする政府内の関係7省庁による航空機産業ビジョンでは、20年代後半に我が国の航空機産業は3兆円を超える規模へと発展する可能性を示唆している。この前提条件についてはもちろん民間航空機として期待がかかるMRJ事業の本格開始、防衛航空機の新規事業開始などが必要となっている。
さて世界の民間航空機市場は、年率約5%で増加する旅客需要を背景に、今後20年間でほぼ倍増の約3万機/約4兆ドルになる見通しとなっている。最も旅客需要が伸びるのはアジア太平洋地域であり、最も機体需要が多いのは150席クラスの737、A320などが挙げられている。これゆえに三菱重工業は150席クラスのMRJの量産移行に成功できればビッグマーケットが取れると見ているのだ。
「航空機の構成比率を言えば機体、エンジン、装備品の3分野があり、それぞれ産業規模の約3分の1を占めている。機体については三菱重工業、富士重工、川崎重工業などの日本勢がすでにかなり入り込んでいる。エンジンについてはIHIがもう少しで本格参入できるところまで来ている。ちなみにJALはずっとGEのエンジンを使っている。問題なのは装備品の分野であり、最も重要なアビオニクス・飛行制御システムのところが米国のロックウェルコリンズに独占されており、日本企業が全く参入できないことだ」
装備品の中核を占めるのは何といってもコックピットのところであり、いわば電子システム、電子機器、各種電子部品の塊ともいうべきところだ。そしてここに使われる予算は、航空機全体の3割近いと言われている。しかして日本の半導体企業や電子機器産業は全くもって牙城を崩すことができない。
確かに航空機内の液晶テレビ、ビデオ系、オーディオなどのエンターテインメントについては、パナソニックがほぼ100%シェアを取るという成果は出ている。また航空機の脚柱やトイレ、キッチンなどについてもジャムコやTOTOなどがかなり高いシェアを持っている。そしてまた東レの炭素繊維はこれからの機体材料に多く使われると言われ、おそらくぶっちぎりシェアで突っ走るだろう。しかしよく見れば、航空機の中核を占めるところではなく、要するにまあそんなに重要でないところだから日本勢にやらせてもいいや、という米国・欧州などの航空機メーカーの思いが透けて見えると言えるだろう。
筆者は常々、太平洋戦争時に零戦、隼、紫電改などの優秀な戦闘機を作っていた日本に対する世界の警戒心は非常に強いと見ている。それゆえに軍用機はできうる限り作らせず、民間航空機も大型はダメで小型のみという制約を受けているわけなのだ。これはすなわち日本の技術陣が本気を出せば、とんでもない飛行機を作ってしまうであろうし、日本の半導体や電子部品がコックピットに入り込んでくれば、重要な機密が漏れてしまうとの恐れが世界の政府すべてに広がっているのだ。このことを山下代表に尋ねたところ、彼は明快にこう答えた。
「確かにボーイングをはじめとする世界の航空機産業の大手は常に日本のやっていることを監視している。また米国政府も水面下で、日本政府には航空機だけは身分をわきまえてあまり夢中にならないでね、というようなメッセージを常に送っているようだ」
自民党の航空機産業推進議員連盟は将来の日本の航空機産業について、現在のGDPの10%、つまり50兆円は取りたいと気勢を上げている。そしてまた日本各地に広がってきた多くの中小企業による航空機コンソーシアムの活動も徐々に活発化している。
ところが、半導体など日本のエレクトロニクス産業は航空機産業への本格参入を打ち出してはいない。それは米国政府の圧力を恐れていることもあるが、民間航空機のみをやっているのでは、ほとんど儲からないからだ。やはり軍事防衛部門に進みたいと考えているが、「非核三原則」「戦争の永久放棄をうたう憲法9条」、「日米安保条約」などの多くのしがらみがあるこの国においては軍事産業を活性化せよとの声は少ないのだ。
しかして、多くの十字架を背負いながらも、装備品ではジャムコ、住友精密工業、ナブテスコなどのTier1メーカーなどが育ってきており、「制約の上での上昇」を狙っているということは何とも物悲しい。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。