九州大学の安達千波矢教授が開発に成功したことで、次世代の有機EL発光材料として世界的に大きな注目を集めているTADF(熱活性化型遅延蛍光)材料。九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)から開発成果の独占実施権を得て、TADFの実用化を加速するため2015年4月に設立されたのが(株)Kyulux(キューラックス、福岡市西区九大新町4-1、Tel.092-834-9518)だ。その取り組みを代表取締役CTOの安達淳治氏、取締役CFOの水口啓氏に伺った。
―― 設立から現在までの経緯は。
安達 当社ほど周到に設立を準備した大学発ベンチャーはない。11年に安達教授の研究室でTADFの開発にめどが立ってきた時から実用化へのロードマップを描いてきた。それは安達教授が「独占でイノベーションは起きない。TADFを世界中に広く早く広めたい」という思いを持っているからだ。
TADFの開発は09~13年度に内閣府の最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択された。実用化に向けたサポートセンターが必要と考えて、12年に有機光エレクトロニクス実用化開発センター(i3-OPERA)を立ち上げた。FIRSTプログラムが終了した14年に起業するのが理想だったが、時間とお金のかかる材料ベンチャーの可能性を誰も信じてくれず、資金集めに大変苦労をした。
―― 16年2月に15億円の資金調達を終えました。
水口 シリーズAとして九州大学や科学技術振興機構(JST)に加え、ジャパンディスプレイやJOLED、韓国のサムスンディスプレーやLGディスプレーからも出資をいただいた。TADFの実用化を加速するため、i3-OPERAをはじめとした外部への開発・評価の委託に資金を活用していく。もちろんシリーズBの実施も検討していくが、実用化に向けた国家プロジェクトでの支援も重要だ。欧州・韓国では大規模なTADF実用化プロジェクトが推進されているが、TADF発明のお膝元の日本では行われていない。国家プロジェクトとしてのサポートをいただければと切に願っている。
―― 社長は安達教授ではありませんね。
安達 CEOの佐保井久理須は九大医学部の出身で、遺伝子配列の解析で博士号を持ち、米国の弁護士でもある。卒業後は米国で自然言語の解析エンジンを開発する「Dejima」という会社を立ち上げたが、その後買収を繰り返し、これがアップルの「Siri」の原型となった。
水口 当社は8月に米ボストンに北米オフィスを立ち上げ、ハーバード大学が持つ人工知能(AI)を用いたディープラーニングシステムの利用ライセンス契約を結んだ。TADF候補材料の迅速なスクリーニングに活用する計画だ。
―― TADFの開発状況について。
黄色発光の有機ELパネル。
TADFを同時蒸着させた左半分は、
蛍光材料だけを用いた右半分より
圧倒的に明るい
安達 当社が目指しているのは、TADFを発光材料として使うのではなく、既存の蛍光材料に混ぜるアシストドーパントとして実用化することだ。TADFが第3世代の材料と呼ばれるのに対し、当社ではアシストドーパントとしてのTADFを「ハイパーフルオレッセンス(超蛍光)」と名付け、第4世代の発光技術に位置づけている。
当社はTADFをあえて光らせず、既存の蛍光材料の特性を飛躍的に高めるために使う。ホスト材料と蛍光材料、TADF材料を同時蒸着させると、もとの蛍光材料よりも4倍以上明るく光ることが確認できている。すでに黄色発光材料で実証済みだ。
―― これまでの蛍光材料の開発資産を有効に活用できますね。
水口 そのとおりだ。ハイパーフルオレッセンスの登場によって、すべての蛍光材料メーカーのビジネスチャンスを広げることができると考えており、その意味で材料メーカーとの関係を一層強化していきたい。
―― 材料の寿命は。
安達 緑色発光のTADFは、開発当初がLT95でたった100時間しかなかったが、半年前に1500時間となり、現在は2500時間まで伸びている。
一口に寿命というが、(1)材料自身の耐久性、(2)ホスト材料や蛍光材料など他の材料との組み合わせの最適化、(3)デバイス構造の最適化が複雑に関連し合う。ただし、TADFを単独の発光材料として使用するよりも、アシストドーパントとして使う方が、寿命が延びることが分かっている。
―― 実用化について。
水口 調達した資金をもとに開発を加速し、17年には緑色TADFを市場に出す。緑色燐光材料を使用していないところをターゲットにしてテスト販売するつもりだ。
安達 課題とされる青色材料の開発に注力しているが、簡単ではない。現時点で世界トップレベルの性能を実現できているが、まだ中途半端だ。18年に間に合わせたい。
―― インクジェットプロセスなどに使える塗布型材料の開発は。
安達 出資者から大きな期待をいただいており、低分子で開発していく。インク化のノウハウを固めることが重要だ。
―― 今後の抱負を。
安達 現在の有機ELディスプレーおよび有機EL照明に使われている材料をすべてハイパーフルオレッセンスにするのが目標だ。そのためには多くの人材が必要だが、ベンチャーで働きたいという人が少ない。当社では材料合成ができる方、デバイス構造のデータを積み上げてくれる方を求めている。海外からの問い合わせも多く、人材の採用に力を入れていきたい。
水口 IPOを目指している。できるだけ早い黒字化を目指しているが、IPOは青色の材料が完成するころがターゲットになる。いい蛍光材料をお持ちの企業と関係を強化していきたい。
(聞き手・編集長 津村明宏)
(本紙2016年11月24日号1面 掲載)