電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第209回

サプライズのホラ吹き男、トランプ氏が米国大統領になった日


~日本には逆風が吹くという誤った認識を正したい~

2016/11/18

 史上最も下品であり、下衆であり、ホラ吹きともいうべき異端児が、なんと世界No.1の国である米国の大統領に選ばれるというサプライズ劇は世界中をして「アンビリーバブル!!」と叫ばせるに十分であった。その異端児こそドナルド・トランプ氏である。大本命のヒラリーお姉さまを打ち破って堂々の圧勝ぶりであった。

 トランプ氏といえば、歯に衣を着せない差別発言で知られている。女性に対する誹謗中傷も数多くあり、つっかかってきた女性キャスターに対し、放送後「彼女の眼は血走っていた。彼女の体のどこかからも血が流れていた」とうそぶいた。つまりは、生理中だから気が苛立っていたのね、というとんでもない発言を公共の場でやってのけたのだ。あり得ないことに、それでも本番の選挙で女性たちの多くはトランプ氏を支持したのだ。

 ヒラリー氏の票が伸びなかった裏には、アメリカ社会の拭い難い「男尊女卑」という風潮があるのだろう。とりわけ、学歴も低く収入も少ない白人の男たちは、ヒラリー氏のようにツンとすましている女性エリートを毛嫌いする傾向がある。一番大事なところでは「やっぱり男でなきゃダメ」という力学がどこかで働いたのだと思えてならない。

 女性差別ばかりではない。黒人やヒスパニックに対する差別発言、さらにはイスラム国に代表される中近東への侮蔑の言葉、そしてまた日本に対しては、たびたび次のような発言を繰り返していた。

 「ニッポンは金持ちだ。その金持ちの国から米国はいっぱい自動車を買わされている。おびただしい軍隊も送り込んで安全を守ってあげている。ああ、それなのにアメリカにはその見返りもなく、ニッポンだけがいい思いをしている」

 こうしたトランプ氏の発言は日米関係の危うさを呼び込み、なおかつ「トランプが大統領なら危ない」という世界のファイナンス関係者の懸念を招き、ドルはひたすら売られた。一気に円高となり、世界の株式市場には一時的に不安が広がった。その結果として日経平均はたった1日で919円も下げたが、何とその翌日には1000円以上も上げるという結果になった。

 さて、あれだけ言いたい放題のホラ吹き男であるトランプ氏は、当選が決まった時にヒラリー候補の健闘を讃え、素晴らしい戦いをしてくれたと褒め上げた。そして、共和党も民主党もその他の人たちも皆、米国のために一致団結して世界最強の経済を作ろうと呼びかけた。米国の経済成長率を2倍にし、アメリカンドリームを復活させることを淡々と静かに語りかけたのだ。


 筆者はこのトランプ氏の当選挨拶を聞いていて、この男は稀代の役者かもしれないと思ってしまった。当選するまではどのようなホラも吹き、タブーともいうべき差別発言で話題を集め、米国に存在する白人の不満な勢力を結集することに成功した。ところが、当選を決めた途端にトランプ節は影を潜め、かなり慎重な発言に終始している。世界のマスコミはトランプ氏の行く末に針路が見えないとしていまだに批判を繰り返すが、どっこい彼はもしかしたらちゃんと考えているのかもしれないのだ。

 「米国が日本を守っていることに対して、日本は対価を払っていない。もっと在留米軍に対して予算を増やせ。さらには、日本が全力を挙げて成立させたTPPは絶対にやらない。そしてまた、日本からの輸入超過をブロックする戦略にも出る。こうしたトランプ氏の発言を総合的に分析すればトランプ登場で日本には逆風が吹く」

 いやはや、こうした分析を繰り返す評論家、アナリスト、ジャーナリストの何と数の多いことか。筆者はトランプ政権の誕生は決して日本に大きなマイナスをもたらすとは思っていない。なぜならば、世界No.1の国である米国がトランプ氏の打ち出すインフラ投資、所得大減税、連邦法人税の大幅な引き下げを実行し、成長率が年3.5%以上になっていけば、我が国にとって、これほど有り難いことはない。

 当たり前のことであるが、日本にとって最大の輸出国はアメリカであり、中国ではないのだ。アメリカ人の懐が温かくなれば自動車も買うだろうし、スマートハウスも建てるだろうし、日本のゲーム機やプレミアム家電もいっぱい買ってくれるだろう。そしてまた、高速鉄道を整備すれば日本の新幹線方式が出ていくことは間違いない。製造業も革新的なIoTに取り組む政策を立てれば、世界シェア60%を握る日本のロボットがアメリカというステージで大活躍することになるだろう。

 「トランプちゃんは笑うとかわいい。大げさな素振りも愛おしいものがある。日本にも意外とトランプちゃんファンが増えるかもしれないね」

 こうした意見をある会合で述べたところ、周囲にいた女性たちから、見下げ果てた奴だという目線で睨まれてしまった。この国では「トランプ大好き!!」と述べることは、全くもって勇気がいることなのだろう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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