電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第199回

半導体の世界王者「インテル」がIoT時代対応の動きを急加速している


~ソフトバンクが買収した英ARM設計仕様に大きくシフトするサプライズ~

2016/9/9

 1971年という年はニクソン大統領によるドル防衛政策、いうところのドルショックにより、日本経済が一気に低迷を余儀なくされたことを良く覚えている。戦後追い立てられるようにして高度経済成長の道をひた走ってきた日本国民もこのころは疲れが見え始め、ディスカバージャパンの走りともいうべき小柳ルミ子の「私の城下町」が大ヒットした。もっとも、清純でいたいけな感じのする小柳ルミ子が、後に年下の男のダンサーを従え、エロイ中高年女に変化してしまうとは誰も考えなかっただろう。

インテルが「4004」を発表した1971年は銀座にマクドナルド1号店がオープンした年(日本半導体50年史より)
インテルが「4004」を発表した1971年は
銀座にマクドナルド1号店がオープンした年
(日本半導体50年史より)
 この年の4月、海の向こうの米国では世界のエレクトロニクスの歴史を動かす一大発明、インテルの「マイクロプロセッサー4004」が誕生する。いわばコンピューターの心臓部分をワンチップに閉じ込めてしまうものであり、これを武器にインテルは世界のパソコンのCPUの覇権を握っていくことになる。そして1992年になり、インテルは日本のNECを打ち破り、半導体の世界チャンピオンの座に就くのである。それ以来、22年間にわたり世界1位の座を守り続けているインテルであるが、ここに来て新たな時代に対応する動きを加速している。

 インテルはパソコンのマイクロプロセッサーでは約8割の世界シェアをトップに握り君臨してきた。しかしてスマートフォン(スマホ)やタブレットの世界に入った時には、クアルコム、ARMなどの後塵を拝するしかなかった。もちろん、ウエアラブル端末などに組み込む超小型コンピューター「エジソン」や「キュリー」などを投入したが、あまり効果があるとは言えない状況だ。もっとも、データセンター市場におけるインテルの強さは抜群で、数量ベースでは実に99%の圧倒的シェアを持っている。それでもIoT時代を迎えてインテルが選んだ道は「変化」なのだ。

 この夏のことであるが、インテルは半導体の受託生産(ファンドリー)事業の拡大を果たすべく、ソフトバンクグループが買収を決めた半導体設計の英ARM社と提携することを決めた。これは実のところ相当のサプライズな出来事といってよい。インテル社のチップは常に独自設計で行くという原則であった。また、自社チップはすべて自社内工場で生産という原則もあった。ところが、これではもう生きていけないと考えたのだ。

 具体的には、回路線幅が10nmの半導体を生産できる最新設備を使って、ARM仕様の半導体を生産する。すなわちARMの回路設計図に基づく半導体を、受託生産を望むユーザー向けに生産することになるのだ。なりふり構わず、とはこのことだろう。すべてのモノとコトをネットにつなげるIoT時代に対応するためには、自社の独自設計のみにこだわらず、スマホ向けCPUの9割以上のシェアを持つといわれるARMの回路設計をベースにしていく考えを固めたのだ。

 ソフトバンクの孫正義社長が7月18日にARM社を3兆3000億円で買収すると発表した時に、辛口のアナリストやジャーナリストは「何と高い買い物であることか。第一に半導体などやったことのないソフトバンクがこの分野に出てくることはクレイジーでしかない」と酷評し、その先行きをあざ笑っている連中さえいたのだ。しかして世界最大の半導体メーカーであるインテル社は、IoT時代に対応する市場の成長をにらんで、名を捨て実を取る戦略に出てきた。見ようによっては世界のインテルが、ニッポンの孫ちゃんに頭を下げて回路設計を使わせてくれと言ってきたのだ。

 一方、インテル社はIoTをにらんで2兆円もの巨額を投じてFPGAの大手であるアルテラ社を買収し、次世代コネクテッドカーに搭載するマイコンの市場を狙いに来た。データセンターの分野においてはクアルコム社が殴り込みをかけてきており、アルテラ社を手に入れたことによりこれに対抗するという狙いもある。また先ごろインテルは7社のベンチャー企業で構成されたIoTベンチャーズという組織を立ち上げ、インテルのプラットフォームで様々なIoTソリューションの展開を行う取り組みを始めている。

 それにしてもIoT時代の自動車向け半導体という分野は現状で約3兆円程度であるが、ここ数年で5兆円程度に引き上がるといわれている。車載用半導体のトップはオランダのNXPセミコンダクターズであり、2番手にドイツのインフィニオンテクノロジーズがつけている。3番手には日本のルネサス エレクトロニクスがいるわけだが、先ごろ3000億円で米国のインターシルを買収することを打ち出した。ここにインテルも乱入してくるわけであり、IoT時代における車載用半導体は激しいバトルの局面に入ってきたといえるだろう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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