1863(文久3)年のことである。熊本に田上伝蔵という男が現れる。日の本2段耕犂を開発し、牛馬の力に頼ることなく短時間で農作業の耕作ができる画期的な製品として、万雷の拍手をもって迎えられた。洗練された犂の形状から牽引する時の抵抗を抑えることができ、浅い部分と深い部分を同時に耕すことができるうえに、土の付着も極めて少ないという優れものであった。
田上伝蔵は東洋社という会社を創るに至り、農業機械の世界で一躍その名前を知られることになる。東洋社は1990年に日立建機の一員となり、建設機械の生産を開始する。97年には日立建機ティエラとして新たなスタートを切り、ミニショベルのリーディングカンパニーとして前進を続けているのだ。幕末の創業から数えて実に153年という老舗企業でありながら、常に世界の先頭を走る技術で勝負している。
「日立建機ティエラは800kgから8tまで対応できるショベルを扱っており、一番売れているのは3tタイプである。その次は4tおよび8tが売れている。道路・下水などの管工事、林業、造園、土木、スクラップなどに幅広い需要があり、もちろん農機としても強い需要があるのだ。品揃えという点で当社の製品はきめ細かくラインアップされている」
こう語るのは同社にあって代表取締役を務める村杉滋氏である。村杉氏は東京都杉並区出身、都立西高校を出て慶應大学商学部に進み、75年に日立建機に入社する。輸出営業、国内営業など営業分野をテリトリーにしてきており、バンコクに3年、アメリカに5年の海外駐在の経験もある。2008年に日立建機の執行役に昇格し、10年に日立建機ティエラの代表取締役社長に就任したのだ。
建機のショベル業界では6tまでをミニショベル、それ以上は小型ショベルと呼んでおり、油圧タイプが圧倒的に多い。現状で日立建機ティエラの世界におけるマーケットシェアは11~12%であり、3番手グループといったところだ。
ちなみに、同社の社名ともなっているティエラはスペイン語で大地または地球を表し、地球環境の保持にも貢献する企業として邁進したいとの意思が表れている。
「世界のミニショベル市場を見れば、約14万台が出荷されているが、この5年間で2万台増えてきている。一方、油圧ショベルという点で見れば14年度の世界出荷は18万台であるが、ミニタイプが上昇してきている。一般的な大型建機は世界各国の公共工事による振幅があるが、ミニショベルや小型ショベルはアップダウンが少なく堅調に伸び続ける分野だ」(村杉社長)
滋賀の本社工場は一大量産拠点であり、生産のほとんどを担っている。東洋社以来の伝統を持つ大阪工場は、アームやブレードなどを生産している。従業員数は630人、派遣人材などを含めれば約1000人で稼働している。
「現状は超フル操業となっている。2交代制を敷き午前6時から24時15分まで操業しており、需要に応えて作りまくっている。現状ではアメリカ向けが6000台、ヨーロッパ向けが4000台、日本国内向けが3500台となっており、年産2万台体制となっている」(村杉社長)
画一的な大量生産が適用できないのが現代の建設機械であり、顧客ニーズを汲み取り、構想を練り、設計し、試作・評価試験を行う流れの下で開発業務が進行していく。それだけに、顧客の多様なニーズに応える開発体制が重要であり、大量生産方式ではなく仕様に応じて一台ずつを加工、塗装、組立と進めていく。丁寧に短納期で作り上げるティエラプロダクションシステムを確立していることが同社の強みであるという。もちろん生産革新には注力しており、毎年10億円程度は自動化を含めた設備投資を実行している。溶接ロボットは十数台を持っているが、ほかの工程についてもロボット化を図っていきたいという。
「全社売り上げは10年当時で451億円程度であったが、14年には720億円に引き上げている。短期的な目標としては世界シェア15%を超えて足元を固めることだろう。中長期的にはシェア20%以上を狙っていきたいと思う」(村杉社長)
ところで、日立建機のライバルは何といっても農業機械に強いクボタであり、推定25%の世界シェアを持っている。その後に続く2番手グループとして日立建機ティエラ、ヤンマー、韓国の斗山(ドゥーサン)が控えている。さらに、建機中堅として知られる竹内製作所がいる。
重要なことは、この名だたるミニショベル業界の企業は、皆日本でのモノづくりにこだわっていることだ。一番厳しいユーザーが国内におり、なおかつ部材調達に問題がなく、さらに言えば知財権が流出するリスクがないという点で、今後もミニショベルの業界は国内のモノづくりを中心に進めていくだろう。設備投資の海外流出が続くなかで、今後もミニショベルだけは国内で頑張ってくれ、という思いでいるのは筆者だけではないだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。