電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第193回

全くもってイギリスと日本の関係は摩訶不思議なのだ


~ソフトバンクの英アーム社買収(何と3.3兆円)の意味するところ~

2016/7/29

ソフトバンクグループの孫社長
ソフトバンクグループの孫社長
 2016年7月18日のことである。またも、あのソフトバンクの孫ちゃんがサプライズな買収劇を見せてくれたのである。日本企業による海外企業の買収金額としては、過去最大の3兆3000億円を投じ、イギリスの宝物ともいうべき半導体カンパニー、アーム社をあっさりと手に入れてしまったのである。あらゆるモノとコトがインターネットにつながる社会インフラが革新される、IoT時代に対応した新事業の布石とする狙いであるという。

 これに先立ち、イギリスは全くおバカさんともいうべき決定を国民総意のうえで下している。すなわち、EU離脱を国民投票にかけて、僅差とはいえこれを決め、世界を驚かせた。大英帝国の夢を追う人たちのノスタルジアとも取れるし、経済的に貧しい層の不満が爆発したことが誘因ともいえるだろう。

 何しろ、かつては地球の陸地の1/4を支配していた国、それがイギリスであり、プライドだけはメチャメチャに高いのだ。それが今では世界GDPランキングで5位まで凋落し、かつての勢いは全くない。それにしても、イギリスのEU離脱で「世界経済は一気に混乱」「リーマンショックの再来も考えられる」「日本の株価はどん底まで沈む」と書き続けたジャーナリスト、評論家、インテリの教授たちは一体何を考えているのだろう。たったの2週間で日本の株価は持ち直し、EU離脱前の水準より上げてしまった。

 イギリスのGDPはせいぜい世界全体の4%くらいしかなく、そんな国の動向で世界が揺らぐはずもない。世界のGDPの25%は大国アメリカが握っているのであり、これに日本のGDP 6%を加えれば31%以上はある。つまりは、アメリカと日本で世界のGDPの1/3を握っているのだから、この両国の政治、経済が安定している限り、世界経済はびくともしないのだ(もちろん、強固な日米同盟がずっと続くことが前提になるのだが)。それよりは、あのクレイジートランプが米国大統領になってしまったら、それこそ世界が大混乱になるだろう。

 それはともかく、ソフトバンクの孫正義社長はまたも、伸るか反るかの大勝負に出てきたのだ。アームといえば、売り上げはたかだか1800億円程度しかないファブレス・IPカンパニーであるが、スマートフォン(スマホ)に使われているメーンのプロセッサーの設計は97%がアームを採用しているという事実は大きい。すでにアームのチップは世界全体で140億個以上は出回っているといわれており、同社はスマホ向けCPUや通信用半導体の回路設計図で9割を超えるシェアを持つ隠れた独占企業なのだ。

 そのアームをこともなげに孫ちゃんは手に入れてしまった。そしてIoT革命の進むなかで、車載、無線通信、ロボット、ドローン、メディカル、電力、農業などに次世代半導体、次世代センサー、次世代ディスプレーをはじめ、新開発の電子デバイスが大活躍する時代が必ず来るだろう。その時代を先取りして孫ちゃんは動いたのだ。そこには、多分孫ちゃんの心の中に次のような強い意志があったに違いない。

 「これまで日本勢はITの世界で1つもデファクトスタンダードを取れなかった。バブル崩壊以来、半導体も負けに負け続けた。しかして、よく見ていろ。次のIoT時代のコアとなるアームを手に入れて、もう一度世界ステージに駆け上がってみせる」

 しかして、よくぞイギリス政府は虎の子のアームを日本企業に譲渡することに同意したものだ、という感想も数多い。筆者が考えるに、イギリスは日本だからこそ許したのだと思えてならない。米国企業や韓国企業、台湾企業なら決して譲らないだろう。ましてや中国企業に譲渡などとんでもないことだ。よく考えてみれば、世界No.1の経済紙である英FINANCIAL TIMESも日本経済新聞に譲渡してしまっている。

 「常に礼節を重んじ、マナーも守り、清潔好き」というイギリス国民は間違いなく日本人に好意を持っている。第二次世界大戦こそ日本と戦うハメになったが、明治維新以来、イギリス政府は一貫して日本びいきであった。ロンドンでは「日本に買ってもらうことは誇り」だという有識者の声も多いのだ。かつてのイギリスの植民地であったインドも親日一本槍であり、極東軍事裁判(いわゆる東京裁判)でも、インドだけは「日本が正しい」として唯一判決に異を唱えた。

 さあ、イギリスを味方につけて、ニッポン半導体の世界雄飛の日が再びやってくることを祈ろうではないか。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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