「IoT革命が推進されるなかで、半導体メーカーの売り上げランキングも大きく変わってくるだろう。これまで帝王であったインテルは全く伸び悩んでいる。そして、これまで日の出の勢いで快進を続けてきたスマートフォン(スマホ)向けの花形デバイスであるアプリケーションプロセッサーも伸びが止まってきた。代表格のクアルコムの2015年売り上げは何と前年比16.7%減で、大手10社中最大のダウンを記録した」
こう語るのは、日本で最大の証券会社の名物アナリストである。筆者も何回にもわたりIT産業の成熟化とスマホの限界性を常に説いてきた。世界人口は72億人であり、まともなスマホを買える人口はせいぜい総人口の半分ぐらいしかいないというのに、年間出荷台数が14億台を超えれば、もう限界普及率になってきたといえるのだ。つまり買い替え需要が中心になり、今後はバカ高い成長は決して望めないどころか、マイナス成長さえ予想されている。
スマホやタブレットの心臓部となるアプリケーションプロセッサーは、花形デバイスとしてここ数年間君臨してきた。代表格が米クアルコム、台湾メディアテック、韓国サムスン、中国スプレッドトラムなどである。とりわけクアルコムはスマホ各社に食い込んできた。そして工場を持たないファブレスベンチャーであったが、瞬く間に世界ランキングの上位入りし、14年の順位では何とインテル、サムスンに次ぐ堂々の第3位にランクされたのだ。
そのクアルコムが、15年の順位では前年比16.7%減の160億ドルとなり、4位に後退した。これぞスマホの限界性を表す出来事であり、メディアテックも中国スマホ市場の低迷を受けて伸びが止まってきた。先ごろメディアテックは脱スマホを掲げてIoTに邁進する方針を明確に打ち出した。実に6400億円を投じてIoT関連の車載、医療などインフラチップの開発に注力することになったのだ。
一方、これまであまり目立つ存在ではなかったドイツのインフィニオンは、15年に大手10社中最高の伸び率となる19.6%増を記録し、68億ドルまで押し上げてきた。この最大のポイントは14年8月にパワーデバイス大手のインターナショナル・レクティファイヤー(IR)を約30億ドルで買収したことにある。ただ見逃せないのは、他社に先駆けて300mmウエハーによるパワーデバイスを量産しており、コストダウンという点で他のメーカーに差をつけている。主力のオーストリアのフィラッハ工場の拡張も進めており、この新ラインはいわゆるドイツのインダストリー4.0を駆使したIoTの最先端生産管理システムを活用しているという。
車載向け半導体市場では世界第2位に位置するインフィニオンは、車載マイコンの事業拡大にも力を入れ、パワーデバイスと並ぶ柱に持っていく考えだ。ちなみに、イギリスの国民投票でEUからの離脱派が勝利したが、EUの代表国とも言えるドイツはいささかも揺らいでいない。EU域内で圧倒的な最先端技術を持つのはドイツであり、車載、機械、パワーデバイスにおいても先行している。EUが存続する限り、関税のかからないメリットを生かして、ドイツはさらに強くなっていくことだろう。イギリスの老人たちが「もう一度ナチスに支配されるのか!!」と声高に叫び、EU離脱を圧倒的に支持したことの裏には、ドイツの技術力の高さというものがあるのだ。
メモリーの世界で見れば、世界第2位を行くサムスンが大手10社中トップの伸び率を示し、9.0%増の378億ドルに押し上げ2位を堅持した。同じく韓国勢のSKハイニックスがこれまたメモリーの好調で2.4%増の3位に押し上げている。ところが、である。わがニッポンの東芝は、順位は7位と変わらないものの、14年に対して14.1%もマイナスになった。米国マイクロンもメモリー不調であり、前年比マイナス15.1%で後退した。
瀕死の重症にあえぐ東芝は、先ごろ米ウエスタンデジタルと共同で、1.5兆円を投じて三重県四日市にどでかい3次元メモリー量産の新工場建設をアナウンスした。これが起死回生の投資となることを祈るばかりだ。東芝は近い将来にナノインプリント露光とEUVという二挺拳銃を揃えて世界に打って出る考えであり、宿敵サムスンとの死闘は今後も激化するばかりだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。