「男性のリーダーで多いのは、何といっても叱咤激励型です。ところが、女性リーダーは必ずしもそうではありません。女は、できない子も可愛いのです。できる人とできない人がばらついているカオスの状態になれば、女性のほうがはるかに強いのだと思います」
こう語るのは感性リサーチ代表取締役の黒川伊保子氏である。彼女は奈良女子大学理学部出身で、富士通のソーシアルサイエンスラボラトリに14年間勤務し、人工知能(AI)の研究に従事した。その後コンサル会社、民間研究所などを経て2003年に感性リサーチを設立し、代表取締役に就任したのだ。今や感性分析の第一人者といわれており、自動車、食料品、化粧品をはじめ多くの新商品名の鋭い分析をすることでも名を上げてきた人である。
さて、前記の黒川氏の談話はJPCA Show 2016(2016年6月1~3日、東京ビッグサイト、日本電子回路工業会主催)で開催された特別パネルディスカッション「前線で輝く女性リーダー達」における発言である。この企画を組むに当たっては、筆者もプログラム委員として参画させていただいた。アベノミクスでいうところの「女性の時代」到来であるからして、この時代を引っ張る女性リーダー達を呼んで議論していただくことには、多くの意義があると考えたのだ。わが国においては女性の管理職、役員が少ないことが諸外国にも指摘されており、いまだ男性社会の色濃い影が残っている。しかして、このパネルディスカッションは、非常に熱い雰囲気に包まれ、男性達はかなり女性パワーに圧倒されているとの感じがあった。
「男と女でリーダーシップのスタイルは明らかに異なります。率先垂範ばかりがリーダーではない。できない人をカバーしたり、できる人をフォローしたりすることも重要です。女はコミュニケーション能力に長けているから、それを活かしたきめ細かいリーダーシップを構築することができます」
穏やかではあるが、はっきりとこう語るのは堀場製作所にあって管理本部の人事・CSR担当副本部長の任にある野崎治子氏である。今や女性重役になっておられる野崎さんの若い頃に、筆者は取材したことがある。まだ課長職の任にあった頃ではあるが、京都の魅力とは何かと質問したところ「京都は1000年の歴史のパノラマがすべて見ることができる稀有な場所です。鎌倉、室町、戦国、江戸、明治、大正、昭和の建物が一カ所に集まっているところなど、世界広しといえどもまずあまりないでしょう」と目を輝かせながら答えられた。ああこの人は必ず出世するな、との直感があったが、やはりそのとおりになったのだ。
このパネルのコーディネーターを務めたのが岩城慶太郎氏であり、メルテックスの取締役会長の任にある方だ。岩城氏は女性パワーに押されながらも、うまく切り返してパネルを仕切っておられた。岩城氏が女性リーダーをもっと増やすにはどうしたらよいか、という質問をされたが、黒川氏はすぐさまこう答えていた。
「男性は俯瞰的に空間を捉えていきますが、女性は目の前にあるものを決して見逃さない、という狭くて深い視線で捉えます。この性差をはっきりと認識しなければ女性リーダーは育ちません。男性脳で女性を育てるのは、止めろといいたい」(黒川氏)
要するに黒川氏の言いたいことは、「何でもいいから好きにやれ」といえば、女は育つということだ。ひたすら女性の部下を信頼して、自由放題にやらせてあげて、すべての責任は男が取るといえば、女性のリーダーは育つというのだ。筆者は会場に目をすばやく走らせ観察したが、この発言に対して男性達はほとんどが肯いていなかった。ちなみに野崎女史もまた女性リーダーを増やすためには「期待し、出番を作り、鍛える」のが一番といっておられたのだ。
野崎氏が属する堀場グループは世界の多くの国に展開し、7000人の従業員を持ち、1000種類の商品があるという。自動車排ガス分析、半導体工場向けガス制御で世界トップシェアのカンパニーであるが、国籍も違い思想も宗教も違う人たちをうまくリードしていくためには、何よりもバランス感が重要だというのだ。その時に、多様性容認について強さを持つ女の出番が来ると指摘しておられた。
「女性には結婚、子育て、介護など家族にとられる多くの時間が必要になります。残業したくてもできない。こうした状況を考えれば、営業部長が2人いてもいいのです。飲み会専門の男の部長がいてもいい。飲み会には出られないけれど、がんばる女性部長とワークシェアすればいいのです」(黒川氏)
残念ながら、この発言にも男性達はほとんど肯かなかった。なぜなら、命がけで働く時に家族を省みることができない男達の苦しさを、女性達は本当に分かっているのかという思いがあったからだろう。このパネルの最後に座長である岩城慶太郎氏は全体を総括してこう言っておられたのだ。
「このパネルで分かったことはただ1つ。女性リーダーは自然発生しないということですね。あれこれ心配する前に、女性リーダーを作る機会を多くしましょう。すべてはそこから始まるのです」
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。