2016年2月22日、スペイン・バルセロナで開かれた世界最大のモバイル機器見本市に来場した人たちは、ソニーの最新鋭スマートフォン(スマホ)に大きな驚きの声を上げた。何と、ソニーモバイルコミュニケーションズが発表した「エクスペリア」最上位モデルであるXシリーズは、人の声だけでほとんどの操作が可能になるという離れ業の技術を使ったからだ。
歩いている時にスマホを取り出さなくても、ただしゃべるだけで耳栓型のマイク付きイヤホンがその声をキャッチし、無線通信によりスマホを自由自在に操作できるのだ。これまでにもスマホの画面に向かって声で入力や操作ができる機能はあった。しかし、カバンやポケットからスマホを取り出さなくとも、人の声だけで画面を見ることなく、ほとんどの操作が可能になるというのは画期的といっても良いだろう。
このXシリーズはアプリの起動、メッセージの読み上げ、さらには伝えたい情報などの発信などが楽々できてしまう。このすばらしい機能は、人工知能(AI)が搭載されたことで言葉の認識能力が従来よりはるかに高まったことにより実現した。動画を見るケースを除けば、スマホと会話するだけで多くの作業ができてしまうのだ。
ところで、この最新鋭スマホで採用したAIは、かつてソニーが注力していたペットロボットの「AIBO」で培った技術なのだ。AIBOはソニーが1999年から2006年にかけて発売していた子犬型のペットロボット(この頃ソニーはエンターテイメントロボットと呼んでいた)のことだ。AIBOの名称は、AI(人工知能)、EYE(目、視覚)そして「相棒」(aibou)にちなむ。
これは全長約30cmの動物型ロボットであり、四足歩行ができ、子犬に似た動作をする。ユーザーとのコミュニケーションを介して成長するように設計されており、専用のメモリースティックを使うことでユーザーが自らプログラミングすることも可能なのだ。ソニーはこのAIBOの研究開発を通じて、脳神経の働きをヒントに大量のデータから規則性を見つけ出す機械学習を取り入れることに成功した。ちなみに、このXシリーズのカメラにおいてはデジタル一眼レフの開発陣も加わり、被写体の動きを予測し、ブレの少ない撮影が可能になっている。
かんき出版、泉谷渉、半導体産業新聞編集部著 65ページより引用
ロボットはまさにセンサーと半導体の塊だ。全体をコントロールするのは、パソコンなどに使われているCPUであり、カメラやマイクからの映像信号や音響信号は、デジタル信号に変換されてカスタムICに伝送され処理される。前処理された信号をCPUに入力し、各種の処理を経てロボットの自立的な動作、行動につなげるのだ。タッチセンサーや加速度センサーなどのセンサーは多数内蔵されている。また、人間の目に当たる部分にはCCDもしくはCMOSセンサーが使われており、これはいわばソニーのお家芸の半導体が入っている。64ビットクラスのメーンCPUに加え、マイクロコントローラー、ADコンバーター、システムLSIなどのハイエンドの半導体がてんこ盛りで乗っかっている。
ここに来てアベノミクスの重要政策として、「センサーとロボット」が前面に押し出されてきた。ロボット産業は日本の得意技であり、実に世界シェアの60%を握っている。世界チャンピオンは安川電機、FA系ロボット1位はファナック、半導体工場の搬送系ロボット1位は川崎重工業、液晶工場搬送系ロボット1位はダイヘンであり、どの分野をとってもまず日本が頂点にいるのだ。これに加えてトヨタ自動車、オムロン、村田製作所、東芝、パナソニックなどの自動車や電機の大手企業もロボット開発を一気に加速し始めた。
そればかりではない。日本最大手の広告代理店、電通も社内組織の「電通ロボット推進センター」を立ち上げ、来るべきIoT社会に備えている。何しろ、ソフトバンクが投入し話題となっているペッパーは、今や感情を持つパーソナルロボットであり、発表後すでに7000台を出荷している。2015年12月販売分1000台は1分で受付終了となり、爆発的人気を呼んでいるのだ。
ソニーは2006年にAIBOの販売を終了してしまったが、その時点では大きなマーケットが見えなかったのだ。しかし、このAIBOは定価25万円という高値でありながら、99年6月1日の販売開始日にはわずか20分で3000台の受注を締め切る盛況ぶりであった。2005年に就任したストリンガーCEOによりAIBOの事業はリストラされてしまったが、どっこい、この技術は今に生き続け、最先端スマホに活かされている。
ソニーも世界の有力企業と同じくIoTを最重視しており、その核になるのがスマホになるため、何としてもこの分野で活路を切り開きたいのだ。ソニーは日本勢の中ではトップシェアを持つが、世界ランキングでは11位にとどまっている。しかして、かつての人気ロボットAIBOの技術を継承した今回の「エクスペリアX」シリーズで勝負をかけ、何としてもスマホの世界において存在感を持つメーカーとしてシェアアップを図っていく考えだ。
それにしても、ここにきて一気にペットロボットブームが爆裂する勢いで盛り上がっているが、何とソニーは17年前にAIBOを市場投入していたのだ。その技術先行の凄みに世界は刮目するべきだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。