電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
第171回

崖っぷちの東芝が放つ渾身の矢に注目せよ!!


~債務超過転落の目前で四日市の3D新工場を発表~

2016/2/19

 「東芝の2016年3月期の純損失は実に7100億円となり、過去最大を記録する見通しだ。売上高は前期比6.8%減となるが、問題は自己資本比率であり、何と2.6%に落ち込んだ。要するに東芝創業以来の最大の危機を迎えたといってよいだろう」

もはや崖っぷちの東芝はどこへ行くのか(鶴見線海芝浦駅前にある東芝の工場)
もはや崖っぷちの東芝はどこへ行くのか
(鶴見線海芝浦駅前にある東芝の工場)
 これは東芝と多くの取引のある材料メーカー大手の幹部が吐き出すようにいった言葉である。確かに不正会計事件が与えた影響は、当初の予想をはるかに超えてしまった。世の中には「落ち目の三度笠」という言葉があるが、東芝といえども世間の逆風をまともに受けてひどいことになった。何しろ今期末には自己資本わずか1500億円という裸状態になるのだ。
 かつて製造業で過去最大の赤字を出した日立製作所が、倒産もありうるとまで言われた09年3月期の自己資本比率ですら11.2%はあった。すなわち日立クライシスをはるかに上回るわけであり、債務超過転落は目前に迫り、崖っぷちにまで追い込まれているのだ。

 ここに来て、盛んに東芝首脳部が口にするのが家電事業の売却である。何しろ、家電については海外生産が80%も占めているのであるから、円安が直撃し赤字の山を築いていった。「家電売却の方向」の報を聞いた時に、筆者は実のところ「ウソだろう」とうなったのである。なぜなら、あのすばらしいテレビであるREGZAもまた売ってしまうのかということが、ショックであったからだ。

 ちなみに、我が家に4台ある液晶テレビはすべてREGZAである。テレビの映像については様々な意見があるが、筆者は単純に言ってREGZAの画像が好きなのだ。これを売ってしまうとはとんでもない。REGZAファンを裏切るのか。こうつぶやいている人は意外と多いのではないか。かつてソニーがトリニトロン(アナログ)で世界を一世風靡し、その業界で世界チャンピオンをずーっと続けていた当時のことだが、ソニーの幹部にトリニトロンを除けばどこのテレビが一番いいと思いますか、という質問をぶつけたことがある。その幹部は即座にこう答えたのだ――「東芝が一番いいに決まっている。もちろん、ソニーはそれを上回っているが」。

 それはさておき、ここに来ての東芝の財務再建策はまさになりふり構わず、という姿を見せ付けている。一時期は国内で最大のメディカル機器メーカーとして君臨した東芝メディカルを5000億円程度で売ってしまうというのだから驚きだ。CTスキャナーについては世界3位の地位にあり、重粒子線以上のハイエンドのがん治療装置についても定評のある東芝メディカルはグループの宝物であった。数年前に東芝が中長期の成長の柱を設定した時には明確に半導体と医療に期待、とコメントしていた。医療部門の売り上げを数年先に1兆円まで押し上げ、半導体と並ぶ柱にしていくと力強く語った言葉も、今となってはむなしい(重粒子線がん治療装置やゲノム解析受託サービスなどはグループ内他部門に移管し事業継続の予定)。

 得意とする半導体部門についてもサプライズな噂が流れている。簡単に言えば、フラッシュメモリー以外はすべて売却の対象とまで認識しているというのだ。それゆえに、パワーディスクリートの基幹工場である加賀東芝エレクトロニクスも売りに出ている、との話がある。筆者の記憶では20年以上前のことであるが、ディスクリート半導体については東芝が世界チャンピオンの座を数年間占めていた。そのお家芸を売ってしまうというのだ。

 しかして、断崖絶壁に立った東芝はそれでも満身創痍の中で、一本の矢を天に向かって打ち放ったのだ。すなわち、NANDフラッシュメモリーの拠点工場である三重県四日市工場の隣接地15万m²を新たに取得し、巨大新工場を建設することを決めたという。7100億円もの大赤字を出す会社がおそらくは第1期だけで5000億円規模の新工場を建設するというのだからただ事ではない。この新工場は同社が次世代NANDと位置づける大容量化が可能な3D構造のフラッシュメモリーを量産する。この分野でトップを争う韓国サムスン電子の中国・西安工場に対抗する最新鋭の設備をラインアップすると言う。

 大量の血を流し続け、倒れる寸前の東芝が渾身の力を込めて放つ一本の矢とも言うべき四日市の3D新工場は、この先どのような運命になっても、東芝の全社員の胸に残るだろう。明治6年(1873年)に創業し、143年間を戦い続けた東芝の真価が今こそ問われているのだ、と言えよう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
サイト内検索