電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第167回

「素材が語りかけてくる言葉」が分かるかどうかで決まるのだ!!


~京都ロームシアターの開幕に行き、「きた村」御主人の語る名言に驚く~

2016/1/22

京都ロームシアターをたちあげたロームは、音楽文化を強烈にバックアップ
京都ロームシアターをたちあげたロームは、
音楽文化を強烈にバックアップ
 年明けに冬の京都を訪れる機会に恵まれた。1月11日、京都ロームシアターオープン記念のオペラ「フィデリオ」を観に行ったのである。老朽化した京都会館を改装した会場は実にすばらしく、このロームシアターの誕生を祝う人たちが押し寄せ、ほぼ満席という盛況振りであった。

 ベートーヴェンの唯一のオペラである「フィデリオ」は、エンディングが「第九」の4楽章を思わせるエキサイティングなものであったが、いかんせん3時間に近い作品はすべて集中して聞くにはいささかヘビーなのだ。それでも、京都市交響楽団の演奏に乗って地元の老若男女で結成する合唱団が次々とステージに上がってくる様は、何とも言えない感動を呼んだ。大作「フィデリオ」を京都の人たちみんなで創り上げ、ロームシアターのオープニングを飾るという運動論はすばらしい。その活動を京都を代表する電子デバイスメーカーであるロームが支援する。まさに演じる方も見る方も、これを支える協賛企業も裏方もみな一体化したステージであったのだ。

 コンサートの帰りに、京都で飲むならここ、と決めている木屋町の「きた村」に寄ってオリジナルの京料理に舌鼓を打った。もち料理で有名なこの店はオリジナルメニューがすばらしいことでも知られている。御主人の北村さんはこの道三十数年というベテランであり、次々と繰り出す料理の技はまさに芸術品といってよいだろう。この日も酢味のかきの天ぷら、絶品の白菜クリーム煮、白みそ雑煮、牛の串カツなどをいただき、そのあまりのうまさにただただうなるばかりであった。

 「これまで創り上げたオリジナルメニューはざっと1000種類はあります。普段作るものだけでも500種類はあるでしょう。考えることは、寝ても覚めても料理づくりのことばかり。しかし、あれもやり、これもやり、すべてをやりつくして、最後は塩味一本でいいのだ、ということも良くあるんです」
 にこやかにこう語る「きた村」の御主人は、「料理の3段論法」「料理の形而上学」「料理の物理的解析」などとにかく能弁な方であり、鋭いひらめきと深いロジックが交差していく独自の京料理にとことんこだわっている。「京都企業は人の物真似をしない。それゆえに、村田もロームも堀場もオリジナルで立ち上がり大ブレークした!」とは良く言われることだが、北村さんもまた人の物真似をきらい、ベースから創り上げるオリジナリティーにこだわるエンジニアなのだ。

 「市場に行って、あれこれと素材の品定めをして、さて今日は何を作ろうかと考えるのです。このエビはいいなあ、この野菜もうまそうや、いやいや今日は鴨にとことんこだわってみてもええなあ。そんな思いで素材を見つめていると、その素材が私に語りかけてくるんです。おっちゃんなあ、私はなあ、こうやって調理してほしいんや。分かるかあ、こうやるんやで。……そんな素材の言葉が聞こえるようになって、自分の技術はブレークしたように思えるのです」

 そんな御主人の言葉を聞いていたら、思わず盃を落としそうになった。何とすごいことを言っているのだろう、と御主人をカウンター席から見上げたら、少し顔を曇らせ、こうつぶやいておられたのだ。
 「せやけど、最近の若い方は市場に行ってもただ必要な素材を揃えるだけ、という傾向が強いのですわ。料理の真髄は、素材が語りかけてくる言葉が分かるかどうかで決まるのに、その言葉を聞こうとはしないのです。いや、もしかしたら聞こえないのかもしれない」

 ニッポンが誇る世界トップの電子部品メーカーの人たちも、考えてみれば素材に徹底的にこだわっている。素材を熟知し、素材を分析し、素材の良さを究め、そうして完成品へとつなげてゆく。TDKは磁性体、村田製作所はセラミック、日本ケミコンはアルミ箔といったように素材の世界をひたすらに追求し、世界最高レベルのオリジナル電子部品を作り上げた。もしかしたら、これら電子部品メーカーの開発者たちにも、「素材の語る言葉」がいつもしっかりと聞こえてくるのかもしれない。

 東レの炭素繊維はボーイング向けに1兆円の受注が決まった。サプライズといわれる熊本大学の合金マグネシウムもいよいよ商業化レベルに近づいた。ニッポンの素材力こそ宝物なのだなと思い詰め、おかわりの酒を頼んだところ、北村さんはまたもこう言い放っておられた。

 「料理を載せる陶器のことを考えると数時間は経ってしまうのです。それに合わせる料理の素材の温かさ、柔らかさ、そして口に含んだ時の触感を想像するだけでまた時間が過ぎてゆく。白か黒かイエローかという演色性の世界に入れば頭はぐちゃぐちゃ。それでも、世の中でこんなに楽しいことはない」


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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