「Made in japanはベトナムでどれくらい有名であるか、案外日本に住む人は分かっていない。ベトナム政府は30年前に外資の投資を受け入れることを決めたが、日本は世界で一番まじめな投資家だ。まずもってウソをつかない」
これは12月2日に東京の第一ホテル両国で開催された「日越ビジネスマッチングセミナー」(主催:産業タイムズ社)の席上で、さるベトナム企業の社長が語った言葉である。筆者はこのセミナーで講演をさせていただき、かつパネルディスカッションにも参加したが、これだけ日本をべた褒めされると、いささかおもはゆい思いであった。このセミナーでは日本、ベトナム双方の企業および有識者を招き、現地のビジネス環境の理解を深めることが目的であった。もちろん、日本企業にとってベトナムに対する投資・進出のチャンスを見出す機会を提供したのだ。
筆者はベトナムおよび日本の医療・ヘルスケア業界の現状に関するセッションに出席した。アベノミクスが提唱する日本の最新医療技術と海外展開について話したところ、会場の聴講者は少しくどよめいていた。アベノミクスの重要課題が世界22カ国に対する病院展開と医療機器の輸出にある、という本質は、実のところ、ベトナムの人たちはあまり分かっていなかったのかもしれない。2014年7月にはベトナム内視鏡トレーニングセンターがバクマイ病院内に設立された。内視鏡といえば、世界シェアの7割をオリンパスが占有しており、HOYAや富士フイルムを入れれば世界シェアほぼ独占といっていいほど強い分野だ。
この内視鏡技術をアジアに移植しなければならないとの思いから、まずは東南アジアへの進出が加速している。ベトナム内視鏡トレーニングセンターは、ベトナム保健省直轄のバクマイ病院(ハノイ)が名古屋大学と富士フイルムなどの協力を得て設立にこぎつけたものだ。ほぼ同様の内視鏡トレーニングセンターが2014年9月にインドネシアにも設立されている。
さて、ベトナムの医療・ヘルスケアマーケットは、14年段階で166億米ドルとなっている。ヘルスケアサービスが大半を占めており、医療機器は全体の中でわずか5%しかないのが現状だ。人口は年間1%の割合で増え続けており、18年には9400万人を超えてくるという。1人あたりGDPも現在の2052米ドルから18年には2925米ドルに急増するといわれている。そしてまた、1人あたりの医療費は119.7米ドル(14年)から171.6米ドル(18年)にこれまた急増するというのだ。
参加しているベトナム企業の人に話を聞いたところ、ドクター不足が最大の悩みであるとしており、何と1万人に1人しかいないのが現状なのだ。そしてまた、医療機器も大きく不足しており、病院は全国で1200カ所あるものの、90%は公立病院であり、サービスが行き届いていない。こうした医療事情を反映し、平均寿命は女性が80歳、男性71歳と日本に比べて著しく低いのだ。
「こうした医療ヘルスケアのベトナムの現状を考えれば、やはり日本からの積極的な病院進出が望まれる。同時に日本の医療機器メーカーや医薬品メーカーのベトナム誘致に全力を挙げたい。もちろん、医療分野における商社の進出も歓迎だ。今やベトナム政府は世界60カ国と付き合っているが、外資の誘致については日本を一番優遇する方向だ。しかしてキレイごとは言わない。ベトナムにはいっぱい汚職がある。そうした汚点を克服して、日本との友好関係をさらに強化したい」
これはベトナム政府関係者がはっきりと口にしたコメントなのだ。日本の医療機器の技術は世界の中でも飛び抜けて高いと絶賛していた。病院における機器の取り付けやメンテナンスにおいても、日本は欧米に比べ格段に優れると評価していた。日本びいきの国であるからして、毎年日本語ができる人をいっぱい育てているともいうのだ。
セミナーのエンディングには懇親パーティーが開催され、日本とベトナムの深い交流が図られたように思う。ところで、あるベトナム企業の1人に、なぜこのように日本大好きの国民性なのかと聞いたところ、次のような仰天すべき答えがはね返ってきた。
「日本人は我々ベトナム人と同じく、大国アメリカに対し屈することなく戦い続けた。我々は死ぬまで同士なんだよ」
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。