電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第141回

ついに明治日本の産業革命が世界遺産となったのだ!!


~三菱重工長崎が語る日本の近代化の姿は涙が出るほどすばらしい~

2015/7/17

 幕末(19世紀後半)からわずか半世紀で造船、製鐵、石炭など急速な産業化を達成したわが国ニッポンの姿は、当時の西洋、米国などの先進諸国から見れば、まさにミラクルと映ったことだろう。何しろちょっと前までは羽織袴、着物をまとい、ちょんまげを結っていた小さなアジア人が、世界史上においても特筆すべき産業革命を一気にやってのけた。日本を見つめる眼には、驚きとともに、すこしく恐怖感も与えたに違いない。
 この小さな島国の人たちはもしかしたら油断がならない、との思いで見つめていたら日清戦争、日露戦争、そして第一次世界大戦を経て、あっという間にアジアにおける大国にのし上がっていった。

 さて、2015世界文化遺産を目指していた「明治日本の産業革命遺産~九州・山口と関連地域」が先ごろ見事ユネスコ認定となった。いくつかのトラブルはあったものの、これでほっと胸をなでおろした関係者の人たちも多いだろう。
 認定された産業遺産を見ていて分かることは、何と長崎に集中しているかということだ。現在の三菱重工業長崎造船所の中には、サプライズの世界遺産がいっぱい残っている。筆者はありがたいことに、この世界遺産認定直前の時にこれらを見る機会に恵まれた。一言で言えば、先人たちの成したことは何とすばらしいことだろう、との感想であった。

“世界遺産”となった三菱重工長崎の資料館
“世界遺産”となった三菱重工長崎の資料館
 三菱重工業長崎造船所の中には旧木型場(現在は一般公開の資料館)があるが、これは同造船所に現存する最も古い建造物であり、明治31年(1898年)に建設されたものだ。昭和20年(1945年)8月の大空襲や原子爆弾の爆風にも耐えた赤レンガの建物は、100年の風雪に磨かれ、わが国の近代工業の発展は決して死なない、との意思を物語っているようであった。この資料館の中に入れば、安政4年(1857年)に徳川幕府がオランダから購入した堅削盤があり、これは日本最古の工作機械となるものだ。わが国最初の国産陸用蒸気タービンもあり、かの戦艦武蔵を作った時のゆかりのハンマーなどが残っている。

 この造船所内に現存する日本初の電動クレーン(ジャイアント・カンチレバークレーン)は、電動モーター駆動で150tの荷重に耐え、大型機械の船舶の搭載や陸揚げのために大活躍した。驚くべきは、今日においても現役であり、蒸気タービンや大型船舶用プロペラの船積み用に使用されている。
 1905年に竣工した第3ドライドックは日本の造船を支えた、当時東洋最大のドックであった。こちらも現役で稼働しており、このドックが竣工したときに設置されたシーメンス社製の電動の排水ポンプは100年後の今もしっかり稼働している。「モノづくりをする人たちは、100年経っても壊れないこうした製品を見習いたまえ」と胸の中でつぶやいてみたが、もうひとつの声が耳の中に聞こえてきた。
 「100年経っても壊れないなら新しい製品を買ってくれないのだから、ちっとも儲からないな」という声であり、歴史の遺産と商売は両立しないのかもしれない、と珍しく筆者にしては深く思索する時間を過ごしたのだった。

 ところで、今日にあって日本の造船業は3兆円超の産業規模を維持しており、長崎県は約4600億円で11.4%を占め、全国2位を誇っている。ちなみに第1位は愛媛県であるが、長崎県とは僅差の14.3%となっている。長崎県は海洋国家日本の最前線に位置しており、造船業も盛んであるだけではなく、水産業においても生産額は900億円、生産量は26万7000tと、北海道に次ぐ全国2位にランキングされている。

 長崎にはこの他にも、かつての海底炭鉱を発展させた端島炭鉱(通称は軍艦島)、日本最古のスリップドックとなる小菅修船場跡、グラバー邸などトータルで8つの産業革命遺産が残っている。要するに、今回の世界遺産となった認定遺産の最も多いのは長崎県なのだ、ということを国民の皆様はよく認識した方がいいだろう。そしてまた、次の世界遺産登録も確実といわれているのが「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」である。隠れキリシタン発見の地である大浦天主堂をはじめ、様々な日本におけるキリスト教文化の浸透が見えてくる遺産といえよう。

 鎖国していた江戸時代にあって、長崎は日本で唯一貿易が許されたところであり、世界に開かれた扉であった。カステラやチャンポンばかりが長崎ではないのだ。2つのどでかい世界遺産の主役が長崎であるということは、日本人もそろそろ近代化160年の歴史を振り返る時が来たのだと考えていいだろう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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