「炭化水素だけでできているゼオノアフィルムは、ディスプレーの大型化、高精細化には絶好の材料であった。我々は液晶向けの光学フィルムについては後発メーカーであった。それでも光学フィルム業界では困難というのが常識、といわれた技術を確立し、この分野でトップシェアを取らせていただいた」
力強くこう語るのは、日本ゼオン総合開発センターにあって精密光学研究所の所長を務める小渕和之氏だ。これは北陸新幹線開通記念と銘打つ「電子デバイスフォーラムとやま」(6月26日、於富山国際会議場)の講演の壇上のことである。このフォーラムを主催したのは日本電子デバイス産業協会(NEDIA)であり、実に受講者が120人を超える盛況であり、お祝いのパーティには富山県知事の石井隆一氏も駆けつけていただいたのだ。
さて、日本ゼオンの業績は実にすばらしい限りで伸び続けている。2009年度に2000億円を超えた売り上げは、たった5年間で1.5倍の3075億円(2014年度)となり、経常利益も300億円となったのだ。同社の事業構成はエラストマー素材が全体の61%、高機能材料が23%、その他16%となっている。いまや高機能材料の目玉ともいうべき素材が有名なゼオノアフィルムである。ジシクロペンタジエンといわれるモノマーからゼオノアは作られる。水を吸わないのに耐熱性が高い、という特徴を持つこのフィルムは、従来のプラスチックにはない新領域を切り開いた。つまりは光学フィルム業界において圧倒的な支持を集めたのだ。
ゼオノアフィルムの製造方法がまたユニークなのだ。これまでは、溶液キャスト法という加工技術でこの種のディスプレー向け光学フィルムが作られていた。しかして同社は、溶融押し出し法という画期的な加工技術を確立し、生産性はずば抜けて高く、圧倒的な低コストも実現したのだ。そしてまた、この溶融押し出しは縦延伸、横延伸、逐次2軸延伸、斜め延伸、多層押し出しなどに展開し、ユーザーのニーズに応えていく。
ゼオノアフィルムの生産能力は富山県高岡製造所が3500万m²/年、富山県氷見製造所が1億500万m²/年、福井県敦賀製造所が1000万m²/年であり、トータル年産1億5000万m²まで引き上げている。これらはいずれも日本ゼオンの100%子会社であるオプテスが運営している。もともとは川崎にあった精密光学研究所を高岡製造所に移し、工場と一体化した開発も進めている。
「ゼオノアは改良を重ねており、帯電防止をつけたものや、斜め延伸で反射防止やサングラスリーダブル機能をつけたものなどに取り組んでいる。また、新たに開発中の独自液晶を用いた2μmという超薄型の反射防止機能を持つフィルムは、いま話題のフレキシブル有機ELの量産に大きく貢献できるとみている。主力の逐次2軸延伸位相差フィルムは、大画面にも向いているため、4K以上の大型テレビ向けの比率は高くなるだろう。今後は、ゼオノアフィルムの光学的に等方性な特性が注目され、ITOのベースフィルムにも使われていく。ゼオノアはさらに進化形の姿をユーザーの皆様にお見せしていきたいと思っている」(小渕氏)
この日本ゼオンの講演を聞きながら筆者が考えたのは、雪国である北陸の地にこれだけの画期的な新素材が育ってきたことはすばらしいということだ。富山県は北陸最大のモノづくり県として知られており、その基礎を作ったのは何といっても黒部ダム建設による水力発電の工業化である。この事業の裏にはアドレナリン発見という世界的快挙を成し遂げた高峰譲吉博士がいたのだ。
昭和9年には富山県の水力発電設備は40万6000kWとなり、全国1位にのし上がる。豊富な電力と全国平均の半値以下という廉価な電力料金を実現し、全国の人をあっと言わせた。この黒部ダムによる水力発電が呼び込んだものはアルミニウム産業であり、現在の昭和電工など有力各社が進出した。現在も富山県下には日本ゼオン、日産化学工業、三協立山などの素材メーカーが活躍しており、この素地はすでに黒部ダムのころに生まれていたのである。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。