広島県知事の湯崎英彦氏は国の官僚出身であるが、ベンチャー企業の経営も経験し、ユニークな元気知事として知られている。広島県は中国・四国エリアの中核とも言うべき県であり、人口286万人を擁し、製品出荷額はピークで10兆円を超える工業県でもあるのだ。
また、湯崎知事率いる広島県は最近になり、これまたユニークな観光キャンペーンを打っていることでも知られている。一番初めのキャッチコピーは“おしい!広島県”であり、世界トップシェアを持つ企業も多く、国宝の厳島神社、世界遺産の原爆ドームなどを持つのに、今いっちょう知名度で抜け出せない「もどかしさ」を見事にPRポイントにしてみせた。
ところが、その次に切り替えたキャンペーンのコピーである“泣ける!広島県”は、それなりに良いものの、今ひとつ足りないと思えてならない。確かに、戦艦大和を造った呉、そして海軍江田島、尾道の国宝ラッシュの街並みや文学の道、さらにはお好み焼き、牡蠣の料理など、まさに「泣けるぜ!」というキャッチは当たっているのかもしれない。それでも筆者としては、最初のコピーの方が良かったという感想なのだ。
それはともかく、広島県は工業立国としては確かに秀でており、全県にわたり個性豊かな企業が立地している。筆者の関わる半導体関連を見ても、東広島市のマイクロン(旧エルピーダメモリ)、何かと話題のシャープの福山工場、三原工場、ユニークな半導体装置メーカーのローツェ、ディスコ広島など枚挙に暇がない。そして何よりも、ロータリーエンジンで一世を風靡した自動車メーカーのマツダが広島を象徴している。
広島県商工労働局にあって投資促進担当の光貞香代子さんは、広島県の良いところについて次のように語るのだ。
「広島県民はとにかく人に優しく親切です。広島カープの悪口を言わない限り、どんな旅人のもてなしにも気を配ります。また、何でもコンパクトにすべて揃っている、という特徴があります。広島市は人口117万人で、まさに手ごろで、そこそこの都市であるために試供品配りが非常に多く、ここでリサーチしてから全国展開するという製品が何とも多いのです」
さて、光貞さんは広島県安芸高田市生まれ、お嬢さま学校で知られるノートルダム清心の中学、高校で学んだ。広島の野球好きは全国に知られているが、彼女も野球部のマネージャーになり、エースで4番の男の子とこっそり付き合うことを夢見ていたが、実際には果たせなかった。卓球部、バレーボール部などを経て、ハスキーボイスを買われて放送部で活動した。安田女子大学文学部を卒業し、マツダに入社して広報部で活躍する。
「思うところあってマツダを辞め、2年間小学校の先生をしました。臨時採用職員だったのですが、結婚が決まり「今後はぜひ正社員として働きたい」との考えからハローワークで職を探していたら、県議会の職員の募集があり、入庁を決めます。今やっている企業誘致の仕事はとても好きです。バリバリの企業の皆様にお会いできることは胸がときめく出来事です」(光貞さん)
彼女によれば、広島県の強みは、何と言っても広島空港、広島港、福山港を持ち、世界に直結するネットワークがあることだという。広島空港はソウル、大連、北京、天津、上海、成都、台北とつながっており、中国を中心にアジアの中枢とは至近距離にある。国内線も羽田、成田、札幌、仙台、那覇に便を持っている。
「過去10年で震度5強以上の地震はゼロというエリアで、大規模地震のリスクが少ないことも強みです。台風・落雷、大雨、さらには津波も少ないのです。年間平均気温は16.3度であり、1年を通じて温暖な瀬戸内気候も特徴です。また電力供給という点でも他の地域に比べかなり余裕があります。こうしたことから、広島に進出する企業は非常に多く、県の保有する団地の分譲率は86%を超えています」(光貞さん)
思うに、光貞さんこそはまさに企業誘致の仕事がマッチしている女、と言い切っても良いところがある。ところで、仕事上の悩みはどのように解消するのかと聞いたところ、次のような答えが返ってきたのだ。
「私はストレスがたまらない女、です。O型だし、かなりアバウトです。悩んでいい結果を生むなら悩みますが、それで変わらないと思えば、思い切りよく忘れることにしています。着る洋服は30秒で決めてしまいます。人ごみの中に行くのがイヤだから、ウインドウショッピングは嫌いです。特売セールにもあまり興味がない」
容貌は優しいお姉さま風な彼女であるが、実のところはかなりユニークな男っぽい女子、という印象が強かった。普段読んでいる媒体を聞いても、ananなどの女性誌はまったく読まず、週刊文春や週刊新潮の政治記事や事件モノが大好き、というのであるから、ナヨナヨした女ではないのだ。ちなみに、日本経済新聞、中国新聞、電子デバイス産業新聞を愛読し、黒かベージュのスーツで身を固め、企業訪問に飛び回る彼女の好きな男性のタイプは、何と佐藤浩一、西島秀俊であるという。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。