電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第134回

「ダメな人がいると感じたら、それは相手の持ち味を見抜けない自分がいると思え」


~設計外注トップの東京ドロウイングの寺岡一郎社長が語る言葉~

2015/5/29

 「地球上には70億通りの人とその歴史的背景と考え方と正義があるのだ。もしダメな人がいると感じたら、それは相手の持ち味を見抜けない自分がいると思え。人間の遺伝子であるDNAは実は99.5%同じなのだ。つまり命の本質は利他・利己を超える世界で、みんなつながっているのだ」

 穏やかな顔でこう語るのは、東京ドロウイングというカンパニーを率いる代表取締役社長の寺岡一郎氏である。同社は280人の設計エンジニアを擁し、半導体回路設計、プリント基板設計、ソフト開発、さらにはセット・システムの設計開発までこなしてしまう。正社員比率はほぼ100%で、まず社員は辞めないという気風だ。

 ところで寺岡一郎氏は、『出来ないを出来るに変えるリーダーの16の習慣』という本を書いている。著者名は一郎(ichiro)としてあり、ネットブックというかたちで発刊した。この本が実にAmazon総合部門1位獲得(2014年12月2-3日)という栄誉に輝いた。人間には何でもすぐに出来てしまう人、何をやっても失敗ばかりする人など、様々なタイプがある。しかし寺岡氏はこの本の中で、生まれつき何でも出来てしまう人と出来ない人がいるという考えは大きな間違いだと指摘する。出来ないと思い込んでいる人でも、たった8つの法則を実践するだけで、何でもすぐに出来るようになるとも言う。

東京ドロウイングの寺岡社長(右)と小宮専務(左)
東京ドロウイングの
寺岡社長(右)と小宮専務(左)
 寺岡氏が率いる東京ドロウイングは創業61年目を迎えるが、今や設計のアウトソーシング(外注)専門カンパニーとしてはトップクラスの存在になっている。総合エンジニアリング企業を志向しており、幅広い分野の設計から製造までを手がけている。デバイス開発はASICの試作・評価、FPGA設計が得意であり、ボード開発は回路設計、プリント基板設計、シミュレーション、試作・評価、さらにシステム開発、製品開発、ソフト開発もやっている。いわばセットメーカー、半導体メーカーの手足となって働く「思想実現化集団」ともいってよいだろう。

 寺岡氏をインタビューしていて思ったことは、何という穏やかなポジティブ思考の人なのかということだ。「生まれてきたこと自体がハッピーなのだから、人間には幸せでいる義務がある」と語る寺岡氏の言葉は、特にビジネス現場で頑張っている女性の胸に深く飛び込んだようだ。寺岡氏が書いたベストセラーの本は、女性が苦しい時に読んで元気をもらう本だと評価されている。

 先ごろ同社の専務取締役に就任した小宮純一氏はバリバリの若手重役であるが、寺岡氏を深く尊敬している。同社の社風はお客様と徹底的に付き合うことにある、として小宮氏は次のように語るのだ。
 「とことん付き合う、という信念であるから、窓口の担当は一切変えない。セキュリティーも万全。機密保持のためにデータ送付の際パスワードを付与するのはもちろん、手渡しまたは封書で行うこともしばしば。お客様の成功を常に考えており、とにかく長いお付き合いを心がけている。責任あるお取引をしたいので、ただ取引先数を増やすのではなく、お取引先の満足向上を重視してきた。正社員で固め、人があまり辞めないカンパニーであるから信頼されているところもある」

 筆者は寺岡氏や小宮氏の話を聞いていて、要するにこの会社は驚くべき性善説に貫かれているのだなとの感触を持った。古来より「信じるものは救われる」と言われ、「情けは人のためならず」という言葉があり、真面目にいっぱい付き合えば、必ず自分たちに返ってくると考える人は多い。しかし、それを組織ぐるみで実践しているカンパニーは少ない。その意味では東京ドロウイングはまずもってめったにはないカンパニー、と言えるだろう。

 寺岡氏に、今までの自分に墓碑銘を付けたらどう書くことになりますかと聞かれ、即答できなかった。そこで寺岡氏は2つの墓碑銘の例を上げ、筆者に選択を迫ったのだ。1つは例としての墓碑銘であるが、次のようなものだ。
 「勉強や情報収集はしたが、人に伝えたり行動すること無く、せっかくの知識や情報を自分の頭の中だけにとどめ、無念のうちに人生を終えた男、ここに眠る」
 そして、もう1つはかの有名なアンドリュー・カーネギー(1835~1919年)の墓碑銘であり、それは次のようなものだ。
 「自分より優れた人と共に働ける技を持った男、ここに眠る」

 ここは読者に問いたいところだが、自分の墓碑銘に書いてほしい言葉を選んでみたらどうだろう。筆者の場合はまだまとまらないが、「半導体という世界をひたすら追い続け、書き続け、かなりの嘲り笑いを浴びながらも、ドン・キホーテのように戦った男」としてもらうのが一番かもしれない。ところで、筆者は会う人ごとに「自分が生涯の最後を迎えた時に聞きたい曲は何ですか」とよく聞くことがある。ある人はバッハでありモーツァルトであり、ボサノバでありジャズであり、はたまたサラ・ヴォーンの『サマータイム』であるのかもしれない。もちろん筆者の場合は(何と言われようと)松田聖子の『白いパラソル』に決まっているではないか。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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