サプライズともいうべきBOEの8Kディスプレーに人が群がる
2015年4月8日の午前、時ならぬ冬のような寒さに見舞われた東京は、コートを着て震えている人も多かった。しかして、世界最大の電子ディスプレー関連の展示会場である東京ビッグサイトの会議棟の大ホールは熱気に包まれていた。中国を代表するディスプレーメーカー、BOEのバイスプレジデントである久保島力氏の次の談話にどよめいたのだ。
「BOEは次世代ディスプレーの8Kで世界最先行の戦略を推進している。すでに98Kタイプは日本および海外に8Kサロンを設け、大々的にアピールを開始した。この夏には110型の発売に踏み切る。まるでその場にいるような臨場感を実現する8Kの感動を世界の人たちに届けたいのだ」
TVに代表される電子ディスプレーの世界は大型~中型まで液晶ハイビジョンが制しているが、その次の高精細タイプである4K TV、8K TVの開発に世界中のメーカーがしのぎを削っている。もちろん、日本のエースであるソニー、パナソニックを筆頭に日本勢もこの実用化には全力投球している。4Kはリオデジャネイロオリンピック、そして8Kは東京オリンピックを契機に一気に世界に普及すると見られているのだ。とりわけ、日本は東京オリンピック開催国であり、8Kの放送開始についても世界でトップを切ると宣言している。そうした状況下で韓国、台湾、日本には技術面でまだまだ遅れをとっていると思われていた中国勢の代表格であるBOEのこの発表には、「びっくりしたなあ、もう」(あまりに古いギャグかもしれない)という観客は相当に多かったのだ。
確かに中国のディスプレー産業は明らかに立ち遅れていた。韓国、台湾、日本が次々と新技術を発表し、新世代のパネルに進んでいく状況に対し、中国は常に一歩遅れていたことは事実なのだ。しかして、2010年くらいから中国勢の雨あられの設備投資が活発化し一気に上昇、2014年段階では世界で3番手の地位まで押し上げてきた。このままいけば、2016年には台湾を追い抜き世界第2位に躍進することはほぼ確実であり、トップを行く韓国も射程圏内に入ってくる。
「中国は今や世界の電子ディスプレー生産の27%を握っている。そしてまた、BOEは中国全体の生産の39%を占有しトップを疾走する。BOEのディスプレー参入は1993年であるから、21年間を我慢し、ここまで来た。8.5Gについても北京、合肥、重慶に生産拠点を持ち、成都にはスマートフォン、自動車向けLTPS(低温ポリシリコン液晶)の新工場(6G)を建設中だ。当社のアプリ別の世界シェアはタブレット31%、スマートフォン20%と高く、次いでモニター14%、TV7%、ノートPC6%となっている」(久保島氏)
中国液晶産業の特徴は、すべての生産を中国大陸に集中していることであり、他国には一切工場を建てていない。しかして、販売はグローバリゼーションを図っている。また、BOEのすごいところは液晶ディスプレー+タッチパネルの一体生産を構築しており、1つの工場で液晶パネルからTV完成品までの一気通貫生産体制を確立していることだ。何のことはない、これはかつて日本のお家芸であった垂直統合をほぼ完全に実現しているわけであり、まったく日本はお株をとられてしまった、といえよう。
「8Kについては、さらに75型、65型、55型という普及サイズの投入を考えている。また、10Kの21:9タイプも開発中であり、これはタテにしてもヨコにしても使える。このセミナーで初めてアナウンスすることだが、世界初の医療用98型8Kディスプレーの商品化にもめどがついた。手術室において絶大な威力を発揮するだろう。何しろ、このディスプレーを見たドクターは、“人間の眼を超える顕微鏡の世界を実現している。医療における技術革新が始まる”とうなったほどなのだ」(久保島氏)
医療におけるディスプレーや、半導体の活用は日本の公設試および企業が目の色を変えて取り組んでいる分野なのだ。その分野において中国勢のBOEが最先頭を走る製品投入をアナウンスしたことは、サプライズ以外の何ものでもない。
常にまねっこ、つまりはコピーの文化といわれてきた中国企業の実力を日本の人たちはもっともっと認識した方が良いのかもしれない。BOEにあっても、何と売り上げの8%はR&Dに投入している。また、申請特許は2014年で年間5000件となり、活用できる保有特許はすでに3万件となっている。知財権という点でもBOEはもはや一流の領域に達している。前記のBOEの4K55型は、ドイツのiFデザインゴールド賞を受賞しているが、これは50カ国5000点の中からセレクトされ、世界の頂点に立ったのだ。
こうなれば、もはや「中国恐るべし」などとつぶやいている時ではない。日本勢はそれこそ血を流し、汗を流し、死に物狂いで頑張らなければ、世界のITサバイバルレースの中で周回遅れとなる日も近づいているのだ。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。