タイミングデバイス業界では今、これまでの常識を超えた技術革新のウェーブが巻き起こっている。例えば、タイミングデバイスのMEMS大手が唯一未参入だった振動子市場に参入を表明。それに対抗するかのように、今度は水晶デバイス大手がシリコン素材を用いたMEMS共振子/発振器への参入を表明するという大きな潮流の変化が生じている。また、データセンター向けで加速する高周波化の流れに応える水晶発振器を生み出すため、自ら高周波対応の発振用ICを開発して発振器に内蔵する動きなど、タイミングデバイス業界から目が離せない状況が続いている。
■高周波・1.6Tbps級対応の水晶発振器が登場
AIサーバー/AIデータセンター向け水晶発振器では500MHz以上の高周波対応品が求められている。また、伝送速度も400~800Gbpsから1.6Tbpsへと超高速伝送化に向かっており、これに応える超低位相ノイズ・低ジッタの水晶発振器が必須となる。
これまでの水晶デバイス各社の多くは、水晶振動子は人工水晶など材料から一貫生産で強みを発揮しつつも、水晶発振器用ICは外部調達という構図が常だった。こうした状況下、かねてから水晶発振器向けICまで水晶デバイスを内製一貫で作り上げてきたセイコーエプソンは、早い段階からデータセンター向け高速通信での高周波帯水晶発振器の需要を見据えて準備してきたといい、その先見性が功を奏してデータセンター向けの高周波帯対応水晶発振器で一定の存在感・実績を堅持しているようだ。
一方、水晶振動子を持ち得ている水晶デバイス各社は、実際に500MHz以上の高周波帯に対応した水晶発振器用ICを調達しようにも存在しないという現実のハードルに遭遇した。そこでリバーエレテックは、“鳴かぬなら鳴かせてみようホトトギス”ではないが、高周波対応のKoTカット振動子専用設計の発振用ICを自ら自社開発し、特許取得済みの独自の水晶振動子と一体化したKoT(Kerfed orthogonal plate waves for zero Temperature coefficient)カット水晶デバイス「KCRO-04」を開発。サンプル供給を始めている。ICから水晶振動子まで一貫生産の画期的な水晶デバイスであり、ノイズ性能で一線を画す。
そして25年12月にはAIサーバー向け1.6T(テラ)光トランシーバーに必須の超低位相ノイズ・低ジッタ水晶発振器「KCRO-05」(2.5×2.0×最大高さ0.85mm)を開発したことを公表した。すでに具体的な顧客への対応は始まっている様子で、本格量産は2027年3月からを予定しているようだ。
KCRO-05は、同社独自の特許技術であるKoTカット・OPAW(直交板弾性波)振動技術を応用して成し得たものであり、水晶本来の信号で625MHzを直接発振させられたことが成功の秘訣と推測する。通信品質に致命的とされるジッタ(信号のゆらぎ)も代表値12fs(フェムト秒)(最大20fs)まで低減するなど、超位相ノイズ性能を実現している。
リバーエレテックの超低位相ノイズ・低ジッタ水晶発振器「KCRO-05」開発品
リバーエレテックの代表取締役社長である萩原義久氏は、「タイミングデバイスの新たな歴史を創る製品になる」と意気込む。なお、生産体制は現状では同社本社(韮崎)で対応しているが、今後のニーズ度合いを見ながら、26年度以降に主力生産拠点の青森リバーテクノでの量産も視野に入れながら検討していくものとみられる。
25年12月には、タイミングデバイス開発専業ベンチャーとして知られるPiezo Studio(ピエゾスタジオ)からも高速・大容量AIデータセンターに使用される低位相ジッタの基準クロックとして、水晶デバイス大手である大真空の水晶振動子「Arkh.3G」を使用した「発振周波数312.5MHzの差動型LVDS出力C級動作コンプリメンタリー・コルピッツ水晶発振器」を開発したことが発表された。位相ジッタは312.5MHzでは世界最小クラスの17.9fsを実現したという。
Piezo Studioでは、大真空が開発した最新の超小型1008(1.0×0.8×0.19mm)サイズArkh.3G水晶振動子と、差動型コンプリメンタリー・コルピッツ発振IC(高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 宮原正也准教授との共同研究品)により、世界最小クラスの低位相ジッタを実現する312.5MHz水晶発振器開発に成功したとする。ちなみに現在、Piezo Studioは、水晶デバイスメーカーなど数社から協力を得ながら、312.5MHz低位相ジッタ水晶発振器ICの製品化を予定しているという。
大真空は25年前半の電子デバイス産業新聞のインタビュー取材の折に、Arkhシリーズは高周波化を得意とした、全用途に展開可能なオリジナル製品と述べ、このArkh.3G水晶振動子については、「1008サイズの超小型で水晶3枚構成の厚みを実現している」と語っていた。大真空もまた「従来品とは一線を画す水晶デバイス」との認識を示しており、各社から続々と地殻変動が起こっていることがうかがえる。
■MEMS陣営が振動子へ、水晶陣営がMEMSへ参入
さて、ここ数年、タイミングデバイス業界ではMEMSの追随を注視してきた。MEMSタイミングデバイスの筆頭格に挙げられるのは、米国のSiTimeだ。そのSiTimeが、これまでタイミング市場で唯一未参入だった振動子市場に参入することを25年10月初頭に宣言した。具体的には超小型のMHz帯シリコンMEMS振動子ファミリー「Titan Platform」を上市したのだ。
19年当時は発振器のみで、用途もIoTやコンシューマー、モバイルが半数以上を占めるなど、水晶デバイス陣営とはすみ分けされた領域で勝負していた。ところが現状は、自動車、産業機器、航空宇宙、データセンターまで広く展開するに至っている。こうした流れの中で今回、ついにMEMSで振動子をラインアップしたことで、タイミングデバイス市場のフルラインアップを成し得た。SiTimeは各タイミング製品のサービス提供可能市場(SAM)で、2027年に約40億ドル(シェア36%)の達成を目指している。
左上がSiTimeの0505サイズのMEMS振動子「Titan」
このTitan、実物を拝見したが0505サイズCSPと超小型、この同一サイズで32MHz品~76.8MHz品まで5製品をラインアップしている。パッケージ内のベアダイ上にTitanもワイヤーボンディングやハイブリッドボンディングで集積化が可能になる点は画期的だ。SoC(System on a Chip)やMCU(Micro Controller Unit)のプラスチックパッケージ内にも容易に集積できるなどの利点もイメージされる。
このTitan製造では、「プロセス、マテリアル、ストラクチャー、デザインなどすべて変えた」と同社マーケティング担当上級副社長のピユッシュ・セヴァリア氏は語っている。詳細は非公開とするが、第6世代MEMSプロセス「FujiMEMS」を基盤として、独自開発のシミュレーションツールで開発期間を2年に短縮したとする。
こうした状況に対し、日本電波工業は25年11月に新事業としてシリコン素材を用いたMEMS共振子/発振器の事業化を本格的に進めていることを決算説明会で初めて明らかにした。同社によれば、08年からMEMS開発を水面下で開始していたといい、22年から本格着手。そして25年11月に外部公表するに至ったという。
IoTなどのボリュームゾーンではMEMS製品の採用が進むと予想して、さらなる小型化対応に向けて、MEMS共振子、MEMS発振器の品揃えが必要と判断したようだ。これにより、MEMS共振子/発振器がお目見えすれば、水晶デバイスからMEMS製品まで、各特性を活かした製品展開が可能になることを意味する。たとえば、低位相ノイズニーズには水晶デバイス、IoTなど一定の周波数でボリュームが出る市場にはMEMS製品などのすみ分けが日本電波工業1社で実現することになる。これまたタイミングデバイス業界の歴史上、画期的な出来事の1つといえるだろう。ちなみに日本電波工業は、同社の強みであるフォトリソ加工技術の開発強化に加え、IC開発も強化すべく、新たに英国に開発拠点を設置するなどして布石を投じている動きも注目される。
こうして見てきたタイミングデバイス業界におけるこれらの潮流は、いずれもモノづくりの底力無くして成し得ない偉業の数々である。26年もタイミングデバイス業界に限らず、そう来たか!と驚愕するようなサプライズの数々に出会えることを楽しみにしながら、今年も引き続き取材活動に勤しんでいく。
電子デバイス産業新聞 編集部 記者 高澤里美