電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第125回

伝統の鋳造技術をITで見事によみがえらせた会社


~静岡県駿東郡清水町の木村鋳造所は今や国内最大の能力を持ち躍進する!!~

2015/3/13

 「鋳造」といえば「いものやさん」であり、筆者は若いころに埼玉県川口の街を訪れたことがある。そこは、鋳造が集積する「キューポラのある街」として知られており、吉永小百合主演の映画の背景となったところだ。まだ10代であった吉永小百合の芝居はまことに初々しく、清純の小百合伝説が作られ今日まで続いている。筆者の大学の先輩などは「吉永小百合はおしっこしない」(いくらなんでもそれはないだろう!)、と真顔で言っていたのだ。

 それはともかく、時代の波は日本から鋳造業の隆盛を奪い取り、今や川口は東京に通うサラリーマンたちのベッドタウンと化してしまい、かつての「キューポラのある街」はすっかり消え果ててしまった。コストの面では外国勢にはかなわず、また鋳造で行っていたものが、次々と他の技術に取られていってしまったのだ。

 ところが、である。この伝統というか、古くさいというか、今はあまり注目を集めなくなった世界に新たな革新の風を起こし、躍進を続けている企業がある。その企業の名は、木村鋳造所という。静岡県駿東郡清水町に本社を持ち、量産拠点の御前崎工場、伊豆長岡に3次元積層造形工場(先端プロセス技術センター)、群馬工場、伊豆工場、清水町工場など9カ所の生産工場をシフトし、2014年12月期の売り上げは184億円。ここ数年のうちには250億円の突破を狙っているのだ。人員は約900人、今や国内最大の鋳造メーカーとして業界にその名を知られている。

 「鉄に命を吹き込む!という考え方で事業の抜本的な改善に乗り出し、非常に難しいといわれたフルモールド鋳造法の量産プロセスをほぼ完全なかたちで確立した。これまでの木型法は、1つの木型で複数の鋳物を造ることができ、量産には向いている。しかし木型は劣化の恐れがあり、バリが多く残り、何よりも複雑な形状には全く不向きだ。これに対し、フルモールド法は少量多品種に向き、短納期で生産でき、設計上の制約も少ないため、どんな複雑なものもこなしてしまう。しかも我々は量産もできるプロセスを構築することに成功した」
 熱くこう語るのは、木村鋳造所の会長の任にある木村智昭氏である。この会社の創業は昭和2年、実に88年間にわたり鋳物の世界に生きてきた。木村氏の祖父がこの会社を興し、それほど目立たない会社であったが、昭和41年に技術導入したフルモールド鋳造法(FMC)が大変革をもたらした。

 「難しいといわれたフルモールド法の技術の確立は、IT技術のフル活用にあった。3次元CAD導入により短納期対応や大量生産が可能となった。そして鋳造シミュレーションの導入により高品質の製品を製造することが叶ったのだ。また3Dプリンターはアルミの製品のため砂型を製作するが、当社は膨張しない人工砂を採用し設備を改造したため、色んな鉄系の材質をこなせるようになったことも大きい」(木村会長)

ITによる鋳造の革新を進める木村鋳造所の拠点・御前崎工場のラインに立つ木村智昭会長
ITによる鋳造の革新を進める木村鋳造所の拠点・御前崎工場のラインに立つ木村智昭会長
 取り扱い製品は幅広い。プレス金型用鋳物・工作機械用鋳物、産業用機械用鋳物、そしてエネルギー関連鋳物として、風力発電、各種ディーゼルエンジンやオイル&ガス関連鋳物などがあり、3Dプリンターの導入により自動車のターボチャージャーまで範囲を広げ成長産業にシフトした体制を整えている。

 設備投資にも積極的に取り組んでいる。昨年の年産実績は約7万2000tであったが、まずはこれを8万tまで引き上げる計画である。また、伊豆長岡には3Dプリンターの新棟を建設中であり、群馬工場の増築も実行する計画だ。

 しかして、この木村鋳造所にもクライシスの時はあった。リーマンショックの折には、売り上げが前年の253億円から一気に90億円まで下がり、どん底をのたうちまわる時期が続いた。ところが、リストラは一切せず、これを乗り切っていったという。雇用調整助成金など国の制度を活用し、歯を食いしばり、雇用を守っていった。そこには、フルモールドに賭ける経営陣の執念と、話し合い型経営の哲学があったからに他ならない。

 「全員合意での話し合い経営を基本の柱に据えている。言い換えれば全員参加型経営だ。これゆえに、1人の人員も欠くことはできない。また、景気回復した時の人手不足は見えており、なんとしても社内に抱えたいとの思いもあった。フルモールド鋳造技術・革新で生きる!を経営理念に掲げている以上、全員の意思一致をそこに向けたかった。しかし、それにしても、1つのネックは会議がやたらに長すぎることだ」(木村会長)

 伝統の鋳造の世界をITによる革新でよみがえらせた木村鋳造所の挑戦は、新しい世代に引き継がれ、まだまだ続くことだろう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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