佐賀県吉野ヶ里といえば、貴重な古代の遺跡が見つかったところとして知られている。そのエリアに佐賀エレクトロニックスという半導体組立メーカーがある。同社はユニークな半導体メーカーとして知られる新日本無線の100%出資会社として1965年4月10日に設立された。半導体の後工程となる組立プロセスを担当しており、ピークでは月産1億2000万個の生産実績を持っていた。
最近の同社の動きを振り返ってみれば、2009年に銅ワイヤーボンドの量産化、2010年1月にウエハーテスト・バックグラインドラインの構築、2012年12月にバックメタルラインの構築という歩みだ。また、直近ではセンサー素子用パッケージの開発とその測定技術も確立し展開を図っている。また、これまで永く培ってきた自動車向け半導体など高付加価値領域の拡大も期待される。
そしてまた同社は、ユニバーサル・サウンドデザイン(株)(中石真一路代表、東京都港区)と共同で、医療・教育・介護などの分野へ卓上型会話支援機器「COMUOON」の製品展開を2014年1月よりスタートし、ユニバーサル・サウンドデザインよりODMを受けて製造している。ここには同社が培ったアナログICなどの自社技術を多く取り入れている。TBSの『夢の扉+』でも取り上げられ、全国で普及が進んでいる製品なのだ。
さて、ユニバーサル・サウンドデザインが開発した卓上型会話支援機器「COMUOON」のスピーカーを通した音声は、音声の明瞭度を高める技術やスピーカーの指向性を高め、壁面における反響を減らすなどして、実にクリアに聞こえる。「第115 回日本耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会」で九州大学大学院医学研究院 耳鼻咽喉科分野チームにより、COMUOON設置が外来診療時の難聴の患者とのコミュニケーションにおいて有用であると報告された。すでに全国の病院での導入が進み、佐賀県、佐賀市、福岡市役所、熊本県宇城市などの自治体でも採用が進んでいる。また全国のろう学校や難聴学級でも普及が進んでおり、そのサプライズ効果に多くの賞賛の声が上がっているのだ。
「COMUOON」はユニバーサル・サウンドデザインから販売されているが、代理店として大和ハウス工業、総合メディカル、菱電商事などでも購入が可能である。「難聴者側で聞こえを改善するだけでなく、話者側でも聞こえを解決する方法」とまさに逆転の発想からの製品であるが、COMUOONを開発した中石真一路氏は熊本県出身であり、かつて大手レコード会社のEMIミュージック・ジャパンでスピーカーの研究を行っていた。慶應義塾大学SFC武藤教授との出会いがあり、コンサートで利用する音が遠くに届くスピーカーの研究を進めていたのだ。
しかし、なぜレコード会社が難聴者用スピーカーを開発しなければならないのか?との疑問の声が上がり、研究は途中で頓挫してしまった。中石氏は難聴であった今は亡き祖母のことを思いつつ、老人性難聴で困っているお年寄りや聴こえにくい環境で学んでいる子供たちのためにも「何とかして聴こえやすい環境を用意したい」と考えたのだ。そこで、高度な音響向けデバイスの技術を持つ新日本無線と出会うことになる。同社の開発した音響向けデバイス「MUSES」は、オーディオメーカー各社のハイエンドモデルに採用されている超高音質オペアンプという優れものの技術であり、この技術を「COMUOON」にぜひ採用したいとの中石氏の打診があった。
新日本無線グループの佐賀エレクトロニックスを率いる取締役社長の石橋尚登氏は、「COMUOON」の特徴についてこう語るのだ。
「この製品の素晴らしさは、難聴者側が補聴器をつけるなどして、聞こえを改善するだけではなく、話し手側も歩み寄り、聞こえを改善するという製品であることだ。ショットガンマイクは集音性が高く、卵型スピーカーは直線的に音を届けることができる。難聴者は一般的に高音(子音)が聴こえにくくなる傾向があり、雑音を極力取り去り、MUSESの技術力をフル活用し、音声をはっきりと聴こえるようにできた。電子デバイス製造で培った現場力の応用がものを言ったのだ」
現状で「COMUOON」は19万5000円という価格であり、今後の普及には認知はもちろんだが、コストを下げることも必要となるであろう。しかし、安く製造できても、聞こえの改善効果がなければ、製品そのものの意味がなくなってしまう。「もっと手に取っていただきやすい価格になるよう、日々開発パートナーと研究・開発を行っている」と中石氏も意気込む。全国の小学校や中学校の難聴学級やろう学校でこの「COMUOON」を使った授業が行われているが、難聴児担当の教師や難聴の生徒からは「聞こえやすい」と驚きの声が上がっている。まさに難聴で聞こえにくい世界で生きる人々にとって「夢の扉」が開かれた瞬間であり、それを果たすのに、佐賀エレクトロニックスの高音質回路設計技術も貢献したのは間違いないだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。