「トヨタの燃料電池車(FCV)「MIRAI」の一般販売がスタートした。まさに水素エネルギー時代のフラッグシップともいうべきFCVの世界が一般普及という点で現実のものとなったのだ。FCVの普及は、水素ステーションという巨大な市場を誕生させることになる。そしてまた、ここに関わる多くの企業たちに福音をもたらすのだ」
ポツポツと静かに、しかし時々はいやらしい記者の眼をして林佳史氏は語り始めた。林氏は大阪市枚方市出身、島根大学理学部で生物を学び、30年以上にもわたってガス専門記者として働いてきた。現在はガスレビュー(本社:大阪市中央区)という専門紙の社長付部長である。
ガスレビューのうたい文句は「工業ガスを通じて世界を射る」というものであり、電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)においても、半導体材料ガスの現状や将来展望についての貴重な記事を長く執筆していただいている。林氏の話を聞いていると、不思議なことに半導体、液晶、一般電子部品、さらには太陽電池などのデバイスの世界を全く違う視点から捉え直すことができる、といつも感じてしまう。
さて、林氏のご指摘のとおり、トヨタのMIRAIが市場投入されることで、今後の30年間にわたる日本の水素エネルギー普及のシナリオとなる「水素・燃料電池戦略ロードマップ」が公表された。2020年ごろの段階でハイブリッド車の燃料代と同等以下の水素価格の実現を目指すというものだ。つまりは、東京オリンピックで水素の可能性を世界に発信しようというアドバルーンなのだ。ちなみに、この時点で家庭用燃料電池についても累計台数140万台(現在は約10万台)を見込み、ユーザーが7~8年で投資回収可能なコストを実現するという。
「こうした燃料電池車および据え置き燃料電池の普及加速に伴い、まずは国内商用水素ステーション40カ所の設置が補助金付で認められた。首都圏23カ所、中部圏9カ所、京阪神圏4カ所、福岡・山口圏4カ所となっている。水素ステーション設置に当たっては一説に5億~6億円の建設費がかかるといわれ、国からの補助金交付は欠かせない。その先の目標として4大都市圏に100カ所を先行整備していくとの目標もある。水素ステーションビジネスの始まりが見えてきた」(林氏)
水素ステーションを構成する機器は次のようなものだ。水素ディスペンサー、プレクーラー、液化水素タンク、圧縮水素ガードル、水素発生装置、圧縮機、蓄圧機、冷凍機ユニットがまずはラインアップ。全体のエンジニアリングについては、岩谷産業、大陽日酸、日本エア・リキード、三菱化工機、神戸製鋼所、日鐵住金パイプライン&エンジニアリングなどの企業が活躍する。水素発生装置については三菱化工機、大阪ガスエンジニアリングが注目される。圧縮機については岩谷産業、神戸製鋼所、日立製作所、加地テック、サクション瓦斯機関製作所、日本ハイドロパック、サニー・トレーディングなど。蓄圧機についてはサムテック、日本製鋼所。ディスペンサーについてはトキコテクノ、タツノなど。冷凍機については前川製作所など。ガス検知器については新コスモス電機、理研計器など。これら多くの企業群が水素ステーション市場の前面ステージに出てくることになる。
「川崎重工業などでは2020年の東京オリンピックに水素をパイロット供給する計画を進めている。千代田化工建設はプラントエンジニアリング大手であるが、世界初の有機ケミカルハイドライド活用の大量水素サプライチェーン構築へ動いている。いよいよ面白いことになってきた」(林氏)
筆者も燃料電池車には多くの興味がある。また、自分の家で電力を作り出す燃料電池の導入も考えても良いと思っている。ソフトバンクの孫社長も業務・産業用燃料電池のメリットを熱く語っている。水素エネルギーをコアとする巨大市場の新たな幕が今にも切って落とされようとしているのだ。
ちなみに、林氏が所属するガスレビュー社では先ごろ『水素・燃料電池マーケティング・ブック/ハイドリズム5』を発刊した。実に面白い本なので一読をおすすめする。問い合わせは(株)ガスレビューTel.03-6767-1144まで。定価は5000円+税。
■
泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。