ソニーセミコンダクタソリューションズ(株)(神奈川県厚木市)は、ハードディスクドライブ(HDD)大手の米シーゲイト・テクノロジーと共同で、次世代HDDと期待される熱アシスト磁気記録(HAMR)方式に不可欠な半導体レーザー(LD)光源を開発したことを明らかにした。その概要や今後の展望をアナログLSI事業部 アナログLSI製品部 統括部長の谷口健博氏に聞いた。
―― 開発の歴史から伺います。
谷口 HDDの記録密度をさらに向上させるため、当社は約15年間にわたってシーゲイトとHAMR用LD光源を共同開発してきた。その甲斐あって、シーゲイトが1月にHAMR方式のHDD「Mozaic 3+」(容量は30TB)を発表し、実用化にこぎ着けることができた。かつて他のHDDメーカーの中にはアシスト型の磁気記録方式として、マイクロ波を用いるMAMRなどを検討する動きもあったが、シーゲイトの実用化によってHDDの30TB、40TBを超える高容量化を実現する方式は業界全体としてHAMRに一本化されたと考えてよい。
―― HAMR用LD光源の詳細は。
谷口 HDDには、記録用の磁気ディスク(プラッター)が10枚内蔵され、記録用ヘッドが各プラッターを両面から挟み込み、両面に記録できるようになっており、すべての記録用ヘッドに1個ずつ実装される。つまり、HDD1台で20個のLD光源が必要となる。
このLD光源は、近赤外波長の端面出射型LD(EEL)チップが、シリコンサブマウント上に実装された構成になっている。LDチップのサイズはCD/DVD用の半分程度。ちなみに、メディアに書き込むための近接場光への変換やスポットサイズの絞り込みなどはHDDメーカーが担っており、当社はこの要求に見合うLD光源の製造・供給に専念している。
―― 既存のLDチップと製造技術に違いは。
谷口 MOCVDを用いたAlGaAsベースであることに変わりはないが、製造技術やLD構造は「当社がこれまで30年間培ってきた実績や定説をすべて見直した」と言っても過言ではないほど刷新した。詳細はお話しできないが、最も重視したのは信頼性を極限まで高めること。また、従来LDはパッケージ形態で出荷するケースがほとんどだったが、HAMR用はチップ出荷になるため、検査工程も新たに確立した。そう簡単に真似できるものではないと自負している。
―― 需要見通しは。
谷口 HDDは、民生向けこそソリッドステートドライブ(SSD)に置き換わりつつあるが、データセンター(DC)のストレージ向けに関して、調査会社からは、23~28年までの期間、台数ベースで年率22%、容量ベースで年率40%増加する見通しが示されている。DC用ストレージは、金額ベースこそHDDとSSDとでほぼ同等だ。これはHDDとSSDに7~10倍のビットコスト差があるためで、容量ベースではHDDが約9割を占めており、今後もこのトレンドは変わらず、HDD台数の増加が確実視されている。
調査会社のデータなどを使った当社の調べでは、30年までには70%を超える水準までHAMR比率は高まり、1億台規模になると見込んでいる。生成AIの登場がDC用ストレージにどれほどの影響を及ぼすのか、定量的に見積もるのは時期尚早だが、現在見込んでいる台数をさらに押し上げる可能性も想定しておく必要がある。
―― 生産体制は。
谷口 ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングの白石蔵王テック(宮城県白石市)で前工程と必要な装置の開発・製造を手がけており、後工程はソニーセミコンダクタータイランド(タイ)が先ごろ稼働させた新棟(4号棟)にLDチップとシリコンサブマウントの組立ラインを展開中だ。今後は、HAMR方式HDDの需要増にあわせて白石蔵王テックでウエハー工程を順次増強しつつ、LDの生産におけるHAMR用の構成比を高めていく。当社は光ディスク用LDが全盛だった当時、年間で最大2億個超のLDチップを製造していたが、HAMR方式HDDの需要を考慮すれば、今後はかなり大胆な生産アロケーションをとっていく必要がある。
―― 今後の抱負を。
谷口 データセンターはもはや欠くことのできない社会インフラとなっており、HAMR方式が主流となると、当社としても社会的責任を負うことになる。多拠点化も含めてBCP体制をしっかりと構築していくことが今後の重要なテーマだと考えている。
調達面では、装置や部材の長納期化は一時に比べて落ち着いてきたものの、中国のGa/Ge輸出規制は未解決のままで、ウエハーや部材の安定調達には懸念が残ったままだ。当社も早めの手配を心がけてはいるが、サプライチェーンをより安定化させるために努力を惜しまず、部材メーカーにも一層の協力を呼びかけていきたい。
(聞き手・特別編集委員 津村明宏/編集長 稲葉雅巳)
本紙2024年7月25日号1面 掲載